エリア十一に住む|元日本人《イレヴン》、矯正エリアとなり今までよりさらにひどい扱い仕打ちを受けている。そんな日本人から全てを吸い上げて築かれ、さらに反映を極めたトウキョウ租界。外壁の内側沿いに張り巡らされたモノレールが、車を持たないブリタニア人の移動手段である。
KMFを操縦できるカレンも車の免許も車も無いので、モノレールを利用している。
便利とはいえ、外壁沿いにある電車が未だに苦手である。なぜなら電車を境目に国を追いやられたイレヴンが住むゲットー地区と、ゲットーから全てを吸い上げて作り上げられた租界を窓の左右から見えてしまう。それでも、あえて私はゲットーが見える側に立つ。いつまでも忘れない為。何の為に立ち上がり何の為に……。
手すりを握る力が強まり、いつの間にか掌にじっとりと汗をかいていた。その汗をハンカチでふき取ると何箇所かあるトンネルの一つへとモノレールが進入する。今まで映し出されていた外の景色はなくなり、車外より明るい車内が自らの光で窓ガラスを簡易的な鏡へと変える。
――左右の入り口に一人ずつ。この車輌以外にもいるかもしれない。それでも最低二人……か
一瞬だけ私と目が合ったのを見逃す事はしない。街に出るときに必ずいる尾行者の存在は最初こそ鬱陶しい存在であったが、もう気にも止めていない。ただし、たまにはそれに逆らって見たくなるのも女心ってものである。
すでにルートは決めてある。前日からどの道を使って尾行者を撒くか思考を巡らせていた。モール街の大通りと裏道をジグザグに走りぬけ、最終地点は……。
「まだ……まだゆっくりと」
モール街の最寄り駅に到着し電車を降りたカレンは、はやる心臓を押さえつけゆっくりと階段を降り改札へ向かう。接触型の電子マネーカードで改札を通り抜け、モール街の方向を示す案内板の矢印の方向へ足を進める。作戦開始のタイミングは一瞬。構内を出て外へ曲がるその一瞬、尾行者から完全に死角となるその瞬間だ。
――今だ!!
死角となった瞬間、力強く地面を蹴りだす。と、同時にカレンは自分の周囲で敏感に反応したブリタニア人を確認した。先まわりし待機していた人間、それも想定の内と心の中で叫び迷わず人々の間をすり抜ける。すでにカレンの意識は次の曲がり角、尾行者も鍛えられている軍人なのか差が広がっているようには感じられない。走って追ってくる足音が背後から聞こえてくる。
後ろを振り返る事をすれば、|意図的《・・・》に尾行者を撒こうとしていると後で言われかねない為、カレンは一切後ろを振り返らない。振り返りさえしなければ、ただ急いでいたと強引にごまかす事もまかり通るからである。
ある程度大通りを走りぬけたところで、細い裏道へと入る。一本道ではなくあえて入り組んでいる裏道へ。右に左に意味もなく曲がり、尾行者にとっては姿が見えず足跡のみで追いかけなくてはいけない状況を意図的に作る。
――もうすぐ見えてくるはずなんだけど……
目指すのはトウキョウ租界にある大きな図書館。ブリタニア人が利用するための施設であり、そのブリタニア人ですらあまり利用していない公共の施設。この裏道はその大きな図書館の裏側に面しているため、カレンはそこを目指している。以前図書館に面する表の通りから裏道をのぞき見た際に、一階としては割と高めに滑り出し窓が開いているのを何度か見ていた。どの部屋の窓なのか、前に図書館へ来た時に見て回った時には不明であったが、一時的にでも身を潜めるには適している場所だと思っている。
やがて他の建物より横幅の長い面に差し掛かったカレンは、視線を上に上げて確認する。
「やっぱり」
思惑通りに窓は外側へと開いていた。カレンは決心を決め一瞬だけ背後を探る。尾行者の姿は無い。今だ、という思考と同時に、右足で地面を踏み込み体を浮かせる。次に左足で壁を蹴り、さらに上昇させたその体から精一杯窓枠へ右手を伸ばす。力強く窓枠を掴みそのままの勢いを利用し右足と壁に接着し左手を窓枠へ。細身である為難なく体を通すことができたが、やはり胸の部分が苦しかったのは言うまでもない。そのまま内部へと侵入したものの、頭から重力に引かれて体が落下を始める。両手で受身を取るものの、木登りに失敗した猿の様な情けない格好で着地した。窓からは壁一枚向こうの道を僅かな音を鳴らす足音が複数。
「やったぁ」
大声で叫びたい衝動を抑え、小さな声で喜びを口にした。しかしその直後すぐに脳裏を不安がよぎる。捕らえられているみんなが、今の行動で罰を与えられるのではないか。そう思うとなんと軽率な行動をしてしまったのかと小さな震えと、冷たくなる心臓の鼓動がカレンに押し寄せた。
「やれやれ、変な所から入ってくるお客さんだな」
カレンはビクッと体を強張らせ、声のしたほうへとゆっくり顔を向ける。カレンの右側にある本がぎっしり詰まった本棚から人影が姿を見せた。黒のスラックスを履き、白のワイシャツに紺のネクタイ、下に流した黒髪ショートの男性。アンダーリムタイプの黒縁メガネのブリッジを、右手の中指で押し上げ双方のレンズ越しにカレンを見下ろしている。
その人物は、四年前のあの日から行方不明であり、カレンの中で浮かび上がる様々な問を投げかけたい相手であるまさにその人物。あまりの事に声が出ないカレンをよそに、最初に言葉を発したのは彼の方であった。もちろん聞き覚えの有る声で……。
「カレン?……カレンじゃないか」
その言葉に暫く反応できずにいたカレンであったが、無意識の内に彼の名前を呼んでいた。
ルルーシュ……と。
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