「枢木《くるるぎ》…スザク」
「ああ…クロヴィス殿下殺害容疑の掛けられていた少年だ。さすがにゼロの登場も有り、証拠不十分で釈放になったようだ」
「ふぅん…」
幼さの強い少年の顔写真をみながら、様々な思考を巡らせたが実際の実物を見たくなったという本心を抑えられず、祖父には「了解」と告げて祖父の部屋を後にした。
枢木スザク……、ルルーシュとナナリーが日本に送られたときに、住まわされた枢木の分家の少年。そしてルルーシュが唯一の友人と認めて慕っていた少年に、ミレイは軽い嫉妬を覚えた。ミレイと共にアッシュフォードに住み始めてから、しばらくの頃は枢木スザク事を非常に気にしていた。
今でこそ恋人で、ルルーシュはミレイを信頼しているししっかりと愛を与えてくれる。ナナリーが言うには、他人を少し信じるように、思いやるようになったのは自分のおかげと言っていた。恋人になったのは2年前。それまではいつも傍に居たけれど、お互いがもどかしい状態のままだった。ミレイが中等部から高等部へあがる時に、ルルーシュからミレイへ告白をした。その告白も彼らしい不器用さと純粋さ、そしてナナリーに向けるような独占欲を露わにしていた。
その時期はルルーシュへの恋心で悩み傷つき苦しかったミレイは、大粒の涙を流しながら笑顔でルルーシュに抱きついた。顔を赤くし照れを隠すように視線をはずすルルーシュの頬を掴み、長い口づけをした。それがミレイの返事でも有り、いつもは口が達者な自分もルルーシュの前だと不器用になるハズカシさを上塗りする意味もこめて。
だからお互い隠し事をしていても、二人の間を壊すものではないし離れる事はないと思っている。しかし、ここで過去からの来訪者と来れば、ミレイの心境は穏やかではない。きっとルルーシュが揺れてしまうのではないか…、そんな不安がミレイの脳裏をよぎる。
「ダメダメ…弱気になっちゃ」
顔を左右に振り、胸の辺りで手をぎゅっと握り締める。二度三度と呼吸をして気持ちを落ち着かせる。ゆっくり息を吐き、いつもの様に冷静を取り戻す。すっと自身を凛とさせて、令嬢のそれを醸し出し綺麗な歩行で歩き出す。
(まぁ、いいわ。もし…邪魔になるようなら、私が消してあげる…うふふ♪)
いつもの様に笑みを浮かべたまま、自室へと戻った。
「な…」
「そういう事だから」
「そういう…いや、わかったよミレイ。教えてくれてありがとう…それじゃぁ学校で」
「うん…」
ピッとボタンを押し、通話を終えた携帯を鞄のポケットへとしまう。ミレイは学校までの道を歩きながら、枢木スザクが転入して来る事を話した。時間にしてほんの1分未満。数回言葉を発したルルーシュの声には、やっぱり揺らめきを感じたが、最後に述べたお礼は感謝なのか強がりなのか今のミレイは知る事はできない。
「やぁねぇ…いつものように、前向きにいかなくっちゃ」
自分に言い聞かせるようにして、大きく体を伸ばした。
その日に転入した枢木スザクは、先日のニュースの影響でクラスで浮いた存在となっていた。心ない生徒からのいじめを受けながらも、スザクは泣き言をもらす事無く学校へと通っていた。いつの時代も人種間差別はあるもので、手続きをして名誉ブリタニア人となったとしても元はイレブンとして、敗戦国の人間はいつだってぞんざいな扱いを受ける。
枢木スザクがアッシュフォード学園へ転入して数日後の放課後――
ルルーシュの悪友で青髪の少年が運転するバイクのサイドカーから飛び降りたミレイは、時計塔の周りに集まる人だかりの中へと入っていく。
「追い詰めたんだって?」
ミレイが見上げた先には、時計塔の屋根につけられた窓から外に出て、屋根をよじ登る枢木スザクの姿だった。
この日の夕方、クラブハウスへ来ていたミレイとリヴァルとニーナは、入り口まで来ていたナナリーからルルーシュの様子がおかしいと言う話を聞いた。
「なんだか、猫に大事な物を取られたみたいで」
「大事な物?」
ナナリーの言葉にミレイは疑問を投げる。
「よくわからないんですけど…、でもとっても大事な物に違いないんです。だって…あんなお兄様の素っ頓狂な声初めて聞きましたもの」
「なんだろう?ルルーシュの大事なものって…」
リヴァルは、今までルルーシュの傍に居たがそんな物がある素振りすら感じては居ない。
「ラブレター?」とニーナ。「恥ずかしい写真」とミレイ。「ポエム手帳!」とリヴァル。そのリヴァルの発言ににやりとしたミレイは、ナナリーに「ルルーシュより先に取り返してみせるから…絶対!!」と、親指を上に立ててあくどい笑みを浮かべた。
その後ミレイによりほぼ全クラブ中の生徒と、学校に残っていた生徒による一大猫捕獲作戦が展開された。そして現在時計塔の所に生徒が集まっていた。
「追い詰めたんだって?」
ミレイが見上げた先には、時計塔の屋根につけられた窓から外に出て、屋根をよじ登る枢木スザクの姿だった。それに遅れて屋根にでたルルーシュだったが、体制を崩しずるずると屋根を滑り落ちていく。時計塔の下の生徒からは悲鳴があがる。
「ルルーシュ」
とっさに叫んだスザクは、自らも同じように屋根を滑りながら自分たちが出てきた窓の淵を右手で掴み、体を安定させる。そして伸ばした左手でルルーシュの右腕を掴み、胸元まで宙にぶら下がっていたルルーシュの体を屋根の上に引き上げた。そのタイミングで時計塔の鐘がガランガランと鳴り響いた。
「へぇ…」
ミレイの漏らした声に、今は目を閉じているナナリーが問いかける。
「ルルーシュのピンチを、転校生が救ったのよ」
(ルルーシュが、あんな自然な笑顔を向けるなんて……)
隣に立つミレイから、一瞬冷たく鋭い殺気を感じたナナリーは理由をなんとなく察し微笑を崩しはしなかった。
その後ルルーシュの頼みでスザクの生徒会入りが決まり、ルルーシュを助けた事でスザクに対して少しだけみんなが持つ印象が変わっていった。もちろん、生徒会メンバーになるという事はそれだけ周りに影響力があり、ミレイとルルーシュの発言力の強さを示している。
エリア11に来たばかりの時にイレヴンに襲われたトラウマから、異常なまでにイレヴンに恐怖を抱くニーナも、生徒会で一緒に活動して行く内にスザクにだけは、その恐怖が緩和していく事になる。
その日の夕刻、一機の移送航空機が政庁の屋上へ降り立った。整列した軍人とその間にはブリタニアの魔女と名高いコーネリアの姿と、それに対するように立つピンクの長い髪が印象的な少女が立っていた。
彼女はユーフェミア・リ・ブリタニア。コーネリアが溺愛する妹であり、今度のエリア11総督となったコーネリアと一緒に、副総督として着任する事になっていた。先にエリア11に来ていたユーフェミアが、砂漠地帯での戦闘を終えてその地をまとめる国をエリア18と定めたコーネリアを出迎えに来ていた。
ユーフェミアの「お姉様」という言葉に対し、政庁に居る間は総督と副総督という立場上、姉妹だからこそけじめが必要と心得を説き、ここでは総督と呼ぶようけじめをつけさせる。
「で、そちの話だが?」
ユーフェミアと同じように出迎えに来ていた管理職の男は、コーネリアに発言を許可され口を開く。
「はっ。政庁にて皇女殿下歓迎の準備が…」
そこまで発言した男へ、コーネリアは手にした銃口をその男へ向けた。
「抜けている…呆けている…堕落している」
表情に怒りを憎しみを露わにし、その男を睨み付ける。
「ゼロはどうした!?帝国臣民の敵を捕まえろ…ゼロを」
その瞳にはゆらりと激しい怒りの炎を灯していた。
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