旧式のKMFのグラスゴーに乗り、日本を制圧しエリア11と定めたブリタニアへのテロ行為の最中、ブリタニア軍の最新主力KMFのサザーランドの追撃と発生する衝撃により、地盤の脆くなっていた建物の中へと逃げ込んだ際に床の崩落と建物の崩れが重なり、KMFごと埋もれてしまった。
「……ぐっ」
自身の流す血と同じ紅い髪を持つ青年は、荒く呼吸を乱しながら今出てきたKMFのほうへ視線を向けた。はっきりとは見えないがコックピットのモニタの傍に張られた四角い紙を見ながら、力なく笑顔を浮かべた。今の位置からでは本来見えるはず無いそこに映される愛しい人の姿が、はっきりと脳裏に浮かぶ。
ブリタニアが日本へ宣戦布告する10年前の2000年3月29日。
母親は一人の少女を産んだ。自分の妹となるその少女を。母はお世辞にも要領も器量も悪いが、人当たりがよく職場でも割と人気があった。まだ物心付く前に父親が無くなり、女で一つで仕事と育児をこなしていた。小学校低学年の時には、その母を少しでも楽をさせようと家事や洗濯等を手伝うようになった。友達と遊ぶ時間を削って手伝うことを、母は快く思っていなかったようで隔日で手伝うように決められてしまった。変な所が頑固で困ったものだった。でもそのおかげで友達とも今までのように遊べるようになり、扇《おうぎ》 要《かなめ》という親友もできた。
8歳の時母親が妹となる少女を産んだ。父親の事はなんとなくわかっていたが、子供からしたら背の高い外国人という事しかわからなかった。実際に父親という者を物心付く前に失っていたため、なんとなく父親という存在はこのような感じなのかと、子供ながらに感じるようになった。
そしていつの頃からか、母が夜な夜なこっそり泣く様になり、その外国人も家に来なくなった。理由はわからない、子供心には何もわかりはしなかったが母のなく姿は見るに耐えなかった。耐えられない気持ちを紛らわすために、自分も母親も妹を大切に大切に守っていった。
いつの頃からだろう…、妹は自分の髪がなぜ紅いのかと気にするようになった。妹も自分と同じように物心付いた時には父親が居なかった。だから父親について説明しても納得はしてない様子で、一時期は非常にナイーブだった。理由は学校でのいじめの対象にされていたのだ。それでも負けん気の強い妹は、屈する事無く毎日学校に通っては、帰宅後に自分に泣きつくということが続いていた。
いつもは帰宅すれば泣きついてきた妹だったが、ある日バイトが無い日に扇と自宅へ帰ってきた時に、妹は嬉しそうに母に頭を撫でられていた。理由はテストで100点を取ったからだった。朝も夜も働く母を助けるためにバイトを始めたかいもあり、母の夜に働く回数が少しだけ減っていた。そのため、最近は夕食を三人で食べる事も多くなり、妹は母にべったりしていた。
そんな妹を微笑ましく思いつつ、扇を連れて自室へと向かった。
「なあ扇」
「なんだ?」
「俺…髪を染めようと思う」
「な…本気か?妹の為ってのはわかるけど…、いくらなんでも」
「いいや、もう決めたんだ」
次の日髪を真っ赤に染めて登校し、もちろん教員に大目玉を食らったのは言うまでもない。しかし家庭の事情や彼の学校での素行や成績を考慮すると、無下にできないほど成績優秀であり有名大学進学となれば校名もあがるとの理由により、特別に紅い髪でも許された。その時の妹には、なぜ紅く染めたのかはわかりはしないだろうが、ただお揃いといって喜ぶ妹の顔を見られただけでも、非常に満足だった。兄が紅いという事で、学校でのいじめもなくなりいつもの様に楽しく学校に通う妹の姿を、取り戻すことができ内心ほっとしていた。
こんなありきたりの生活に幸せが、続いて行くと思っていた2010年8月10日……神聖ブリタニア帝国が日本に宣戦布告をした。敗戦国となりイレブンとなった日本は、ブリタニアに搾取され見るも無残な様になった。生活はより一層貧しくなったが、それでも家族三人でなんとか暮らす事ができ家族がいればそれだけでも幸せを感じられるようになった。
だが、ゲットーと呼ばれる敗戦国の人間が住む地は、地獄に近くブリタニアの圧政もひどいものだった。虐げられるのはいつも弱者……だからこそ立ち上がることにした。そう…レジスタンスとして。どんな汚い事でもやり、ブリタニアに少しでも復讐することがいつのまにか生きがいとなった。母親と妹が平和に暮らせる日本を取り戻すために……。そして、母を…妹を捨て去ったブリタニア人の男への、復習の意味も込めて……。
だがそんな生活を送っていたある日、。突然のブリタニア人の来訪、高級車から降りてきた屈強な男のは、ある御方の命を受けて妹を引き取りに来た事。そして数日後に改めて引き取りに来るとだけ言い残し、彼らは去っていった。
屈辱…必要なものは何も無い…、その言葉に怒りを覚えたが母親の口にした言葉でその怒りもすぅっと引いてしまった。辛くさびしい気持ちを押し殺す姿をみて、何かを悟り決意したその目は今の自分では想像出来ないほどの絶望を感じているのだろう、そう思い二人から目を逸らした。
「お前はブリタニア人になれるんだよ。そうなれば、もう殴られる事もない。電話だって旅行だって…、自由にできるんだよ」
母親の顔は穏やかな笑顔で、それを聞く妹は悲痛に泣き叫び母親にしがみ付いている。妹が母親の体に顔を押し付けている好きに、母親の目からはゆっくりと妹と同じ雫をこぼす。ただ静かにそっと……。
数日後引き取られた妹は、最後まで泣いていた。乗せられた車の後部座席から二人をずっと見つめながら。車が見えなくなった後の母親はその場に崩れ去り、視界のぼやける状態で母親を必死に家の中へと連れて行ったのを覚えている。
今は会うことも無い妹の幸せを祈りつつ、母親や日本人が安心して暮らせるようにするため、ずっとレジスタンスとしてテロ活動を行っていた。なんとか手に入れたKMFの操縦を覚え、もともと冴えていた頭脳を活用し戦術を立て、小規模ながら紅月グループの名前が少しずつ日本のレジスタンス達に知られ始めるようになった。あくまでも重要なのは情報で、それを元に数パターンの状況と対策を練りあげる。お調子者の玉城やガッチリとした体格で眼鏡をかけた南、セミロングの紺色の髪をした井上など沢山の気のいい仲間が集まってきていた。
レジスタンスとして活動し、ブリタニア人の住む租界でいつもの様に食料や部品を調達していた。調達といっても手段は様々で漁る、裏ルートで買う、盗むと様々な方法で必要なものを集めていた。所定どおりのルートと計算で、盗みを成功させて急いで路地を駆け抜ける。ここを越えればゲットーという道に差し掛かったときに、ちょうど視覚から出てきた何かにぶつかり地面に尻餅を、相手は「キャッ」という女性らしい声をあげてドサっという音が聞こえた。
「す、すいませ…」
ぶつかってきた相手をみて、一瞬で固まってしまった。ブリタニアの紋章が入った制服を着ているが、紅い癖のある髪に青い瞳。それが昔見た面影とぴったりと重なる。
「いたたた…ちょっとどこ……、お…にぃちゃ…ん?」
「いたぞぉ!!捕まえろぉぉ」
硬直していた二人だったが、その声を聞き急いで駆け出した。無意識に妹もその後を追いかけた。
2年ぶりに再会した妹は、今までの事を泣きながら話し嗚咽を漏らす。最初は何度も抜け出しては見つかり、何度もしつけされた事。妹の引き取られた先であり、妹の実の父親のシュタットフェルト家の一員として礼儀作法を叩き込まれたこと。学校の事。
今まで溜まりに溜まっていた事が次から次へと溢れるように、言葉がつむがれ続けた。
その後自分の意見を強引に叩き伏せて、妹は一緒にレジスタンスとして活動をすることになった。妹は成績優秀で運動神経もいい事から、KMFの操縦はグループ内でも一番と言えるほどになった。嬉しい反面、危険なことはさせたくないという兄心もあり、妹にはどうしても厳しく言ってしまう。そんな時にいつも仲裁に入るのは扇の役目であった。
「ぅっ…夢?」
昔の事を見ていたのか閉じていた目を開けると、先ほどと同じ崩れた建物の瓦礫に地下と思われるこの空間が、眼球から情報として脳へと送られる。この光景に意識が途端に現実に引き戻された。流していたのか目から零れた雫が、顔の下の床に小さな染みを作っていた。
ジャリ、という砂を踏みしめる音が聞こえ虚ろになりながら、顔をその音の方へ向けた。見えるのは足元だけ。ダークブラウンのローファーに白いソックスが見える。少し顔の角度を上に向ければ、膝上にまで伸びていたニーソックスにピンク色のスカートが見えた。
(が…くせい?)
その人物が視界に入るように、徐々に近づいてくる。金色の美しい髪を揺らしながら、その青い瞳と美貌でその少女に視線は釘付けなった。
「あなた名前は?」
名前を聞かれたが、相手の来ている制服からこの少女がブリタニア人だと気づき開きかけた口を静かに噤んだ。その行動の何が面白かったのか不明だが、その少女は口の端を上げてにやりと笑った。
「あなた、相当頭が切れる様ね。この前の作戦もほぼ目標達成、今回のは想定外の地盤沈下がなければブリタニア軍のサザーランドを、この建物の下敷きできたのにね…うふふ♪……合格」
少女は楽しそうに目を細めて微笑んだ。
「なん…だ?」
「あなた、ブリタニアが憎い?」
「うぅ……」
体の痛みからついに脳がそれに耐えることに根を上げ始める。その痛みに耐えながら脳が魅せるまやかしの妹が、微笑をこちらに向けてくる。それと一緒に無意識に送り込まれる少女の言葉が、いつの間にかそれが子守唄のように心地が良く感じてくる。
「…か…」
自身の最愛の妹の名前を呼ぶ事なく、意識が闇へと落ちて言った。それを見ながら人差し指を当てた唇の端をあげて、にやりと笑う。
「うふふ、一緒に……来てもらうわ♪」
うふふふ……うふふ………ふふ……
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