迅速に敬礼をし割り当てられたKMFへと搭乗する。KMFの背面にあるコックピットのハッチから垂れるアンカーに掴まり、自分の上部に位置するコックピットへと上昇させる。訓練用に整備されたこのKMFは、第五世代のKMFで現時点での主力であるサザーランドである。本来はインディゴカラーではあるのだが、訓練用として区別するために全身が真っ黒に塗装されている。
一世代前の主力KMFグラスゴーより性能が向上した事に加え、高速移動時及び建造物間の移動に使用するホイールであるランドスピナーによる超信地旋回が可能となり、戦闘における生存確率は格段に上がっている。また、第五世代搭乗とともにサザーランドとグラスゴー用の近接武装であるスタントンファ等が実装され、対KMF戦を意識した武装へと変化してきていた。
「搭乗完了。各部パラメータチェック開始」
コックピットのタイプはシンプルな椅子に座るタイプであり、内部のマンマシンインターフェース《MMI》は各種前面と左右に展開されるディスプレイにレーダーやメーター類の球体状の装置。左右で対となる操縦桿、そして足元のフットペダル等でありブリタニアのKMFはほぼ共通の物を使用している。
今では慣れたもので搭乗後初期動作確認までは一分もかからない。入隊当初の、右も左も各部の機能も知らなかった時とは雲泥の差である。
「チェック完了、いつでもOKです」
手短に外部スピーカーを通して教官へ合図をする。周囲の映像をディスプレイへ反映させる為、頭部についたファクトスフィアが周囲の情報を採取してディスプレイへと映し出す。これがKMFを操縦する際に重要となる。これが壊されれば目を潰されたも同然で、周囲の情報を得る方法はない。そうなってはコックピット内にある脱出レバーを引き、コックピットブロックをKMFから射出させ逃げるしかないのである。そうならない為にも今の訓練が重要なわけで――。
「よし、いいタイムだ。では外へ出ろ」
腕につけた時計を確認した教官は、満足げに声を張り上げる。素早く右手を動かした教官を確認し、ペダルと操縦桿を確認した私はKMFを歩かせて格納庫の入り口の方へ移動を開始させた。
軍事訓練用の土地はかなり広い、ブリタニア本土全体の内少なくとも五分の一もしくは四分の一はあるのではないかと思うほど広い。様々戦況に応じれるようになっているのか、平地や砂地、市街に山岳地域等土地が広い分様々である。北部にある山岳地域は天候の移り変わりが激しい時もあり、雨や雪に強風等割とハードな場所である。
第四種訓練生は、他の訓練生と違いKMFの訓練時間が非常に多い。もちろん軍隊格闘術《マーシャルアーツ》や銃火器の訓練はもちろん様々な知識も叩き込まれるが、KMFの操縦や戦闘訓練に比べれば圧倒的に少なく、一般人より銃火器の扱いは慣れている、護身術に長けている程度の物だ。
「リーフェット、調子はどう?」
コックピット内のスピーカーより聞こえて来たのはキャロルの声。入隊してから三ヵ月近くが経ったとはいえ、私の事を気にかけてくれる彼女は戦場が似合わないと思うほど優しい女性だ。十五才から入学する事のできる士官学校、一般的に卒業までは平均四年は掛かるといわれている。もちろんその才能や成績如何ではもっと短い期間で卒業し、前線や軍の内部へ配属される事もある。キャロルは高校を卒業後に入学し、きちんと四年かけて卒業したある意味一般的な士官候補生といえなくもないが、ただ単にキャロルは学生生活を満喫するという目的の為に四年居たに過ぎない。本来ではもっと早くに前線へ行くことも、内部でのキャリアを積むことも出来たであろう。
前にどうしてもっと早く卒業しなかったのか聞いた所、自分のペースは崩したくないと言っていた。どこまでもマイペースなので、こんな私でも少しは呆れるという事を覚えた。
知り合いの中には、帝国最強の騎士と言われているナイトオブラウンズに名を連ねる者もいるとか、ラウンズ付きの直属部隊に配属されているとか言っていたような気がする。
「いつも通りよ。そっちは」
「同じく順調であります」
キャロルは少しおどけた口調で答える。今でこそKMFをほとんど手足のように操縦できるようになったのは、彼女のおかげといっても過言ではない。記憶もなく場違いなほど無知な私を、彼女は毎日訓練後に付き合い指導をしてくれた。そのおかげで今はKMFの操縦に一抹の不安はない……、あるとすれば――。
「お前達、訓練ポイントには到達したか?」
教官のいつも通りの厳しい声。ただ今日のはいつもとは違う雰囲気をなぜか感じていた。
「この三ヵ月……、お前達は私の訓練によく耐えてきた」
そう、なぜなら教官が私たちをねぎらったからに他ならない。
「今日が最後の訓練であり、今後各々は前線へと配置されるであろう」
ピッ、という機械音と共に前面上部のディスプレイに映し出されるのは、訓練ポイント周辺のMAPとそれぞれの初期位置。すべて数字が表示されていて、私の機体は三番の機体な為MAP北東部にある三のマークの所までと移動する。
いつも共に訓練しているチームは全部で六名。他にも第四種訓練生は居るのだが、ほとんど顔を合わせる事はない。訓練時間や内容、食事の時間も一緒に取るという事はあまりない。しかし今回はMAP上には北東と南西にそれぞれ九個ずつ分かれている。総勢十八名が同じ訓練ポイントに存在することになる。
「第四種訓練生全体の十分の一が、ここのポイントに集まっている。これは一対多の、集団戦闘の実技試験である」
いつも六人しか顔を合わせていないため、この十八人が全体の十分の一と聞かされたのも始めてである。つまり全体で一八〇人、六人で一組と考えると計三十組。なぜ今まで面識も顔合わせもしない訓練生が集まっているのか、その答えは教官が答えてくれた。最悪の答えを……。
「今から自分と味方以外を覗く全てが敵だ!最後まで生き抜け、それがこの訓練の課題だ」
その言葉を最後に、ブチッと通信が終了する。不気味なほどの静寂がコックピット内を占める。キャロルへ通信を開こうにも、妨害する電波を発生させているのかノイズがひどい。
だめか、などと思っているとやがてその静寂が震えんばかりの驚愕へと変わる。
ピッ、という聞きなれた音。MAPのモニタを確認すると青いマークが自分を示す三と、南西に固まっている集団に居る五が青くなっている。事前に乗り込むときに伝えられる番号は、訓練が始まった時から訓練中は口外しない事を義務付けられていた。
そう……この段階で誰が味方なのか不明、という事になる。そしてそれよりも驚くべきは、自分の周囲に居る八機すべてが敵という事になる。
今まさに、第四種訓練生最後の訓練が始まろうとしていた。
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