覚えていたのは名前と大切な人を失った喪失感、それ以外は何も覚えていない。艶のあるこの長く青い髪も、ライムグリーンの瞳も鏡に写るのが私なのかさえ戸惑ってしまう。頭の中の片隅に有る黒ずんだ靄。その靄へ近づこうとすると真っ黒い人の形をしたそれが、私の行く手を阻む。心の中にある恐怖が呼び起こされるのか、その黒い人影に捕まると同時に意識が現実へと引き戻される。
なんとなくその黒い人影が、私からすべてを奪った相手だというのを感じてはいた。あれを越えさえばきっと忘れている私の何かを思い出すことができるだろう。だけど今のままでは力が足りない。そう……絶対的な力だ。
大切な人を守れるだけの力を……あはははははは、アハハハハハハハハハハ――
「おい、リーフェット!リーフェットってば」
「なに?」
いつの間にか隣に並んで歩いていたキャロルは、少しばかり音量を上げた声を私の耳元で放っている。そんな大声出さなくても聞こえているよ、と思っていたのだが今の今まで上の空だった手前彼女には強気にでれない。
「ったく、さっきから何度も呼んでるのに――」
やはり何度も呼んでらしい。まったくそれが耳に入らなかったのは、きっといつもの様に頭の中にトリップしていたからだろう。
油断しているといつでも頭のその靄へ近づいてしまう。きっと本能ではその靄の中を除き見たいのだろう。軍医の中の精神科担当からも同じように言われている。恐れながらも本心は渇望しているのだと。ただ無理矢理見ようとはせず、今は時期を待とうというのがいつもの回答である。
「ごめんキャル」
抑揚のない声で謝る私。決して馬鹿にしているわけではなく、これが今の私――リーフェット・ネーシャの普通。今ではすっかりその事を理解し慣れている彼女は、私がきちんと謝罪をしている事をわかってくれている数少ない友達。といっても記憶のない私には、彼女が一番身近な同姓の友達である。
「今度うちら二人、E.U.のエルアラメイン地域の激戦区に派遣される事になったんだぞ」
彼女の表情には興奮、それ以外の感情が表れている。それとは対照的にほとんど変化のない表情の私、まったくもってつまらない人間だろうと思う時がある。記憶の失う前の私もこんな感じなのだろうか。
「軍人なんだもの、ずっと訓練生でいるなんてできないわ。いつかは派遣されるわよ」
淡々とした口調で答えた私の両肩を掴んだキャロルは、二度ほど強く体を揺らしてきた。ガクガクと首が動かされ、危うく鞭打ちなりそうだ。
「リーフェットー、もうちょっと喜んだっていいんじゃない?あそこは前線の中でもかなりの激戦区らしいし、期待されてるのかもよ」
「他のみんなは中東で残党兵駆除や、エリア一一に派遣されたりだしたまたまよきっと。それに……」
「それに?」
「訓練生あがりをそんな激戦区に送りなんてしないわ。せいぜい後方待機とか、物資運搬が関の山ね」
「ほんとリーフェットって……」
先程の表情から落胆の色へと変えて肩をガクッと落としたキャロル。その姿を見るとちょこっとだけ悪いことをしたような気になる。実際、彼女を落胆させてしまったのだから私が悪いのだろうけれど……。
「ごめんキャル、元気だして。訓練終わったらいつもの店の三段パフェごちそうするわ」
「まぢで!」
先程の落胆が一変し、まさに歓喜という言葉が相応しいほど目を輝かせたキャロルの顔が、私の両目一杯を支配する。
近い――、と思ったものの私の両手を掴み満面の笑みの彼女を無碍にも出来ず、彼女の為すがままである。
結局訓練の集合場所であるKMFの格納庫へ着いたのは、訓練開始ギリギリになったのは言うまでもない。
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