三機が織り成す息のあったコンビーネーションに、インディゴカラーのKMFは防戦一方となっていた。左手に持っていたアサルトライフルは既に弾切れとなり、すでに放り投げていた。現在の武装としては右手に逆手で持つ刃の部分がチェーンソーのように高速回転する廻転刃の短刀と、左手のナックルガードを拳の前に展開した打撃のみ。相対する三機の持つ大型ランスに加え、コックピットの有る部分の前面胸部の下に設置されている内蔵式対人機銃等と比べると、いささか貧弱さを感じずにはいられない。
「イレヴンにしては中々やるな」
「左様ですな」
指揮用陸戦艇G-1ベースの一番上に存在し、作戦室に該当するコンダクトフロア内のモニタを見ながらコーネリアは漏らした。ダールトンやその他の階級が上の軍人が取り囲む、周辺MAPとKMFをマークと線で表示しているブリーフィングテーブルと、コーネリア正面の壁に取り付けられた大型モニタには同様の情報が連動して表示されていた。青いマークが味方であり赤いマークは敵を示す。
ギルバートを向かわせたほうの敵のKMFは、三機からの攻撃を受けつつもいまだに生存しており、残りの正体を向かわせたほうのKMFは器用にゲットーを移動しながら挟撃の回避と撃破を繰り返していた。
「ミレ…イさん」
何度目かのフェイントを繰り返し、アサルトライフルの銃弾を打ち込んだミレイは、コックピット内のスピーカーから聞こえてきたナナリーの声に反応する。
「そっちは大丈夫?」
「はい…ですが、親衛隊三機は少々厳しいです」
少しだけ弱音を吐いたナナリーに対し、相当負担が掛かっていると判断したミレイは自身のギアスを展開させる。左目に赤く輝かせ自身の体から赤い粒子を漂わせる。
「ナナリー、周囲の映像を転送してくれる?」
「はい」
すぐに送られてきた映像を元に、実際の現地のそれを正しくイメージする。ミレイから漂う赤い粒子はやがてミレイの乗るKMFからも漂い始める。
「すぐそっちに行くから……跳躍」
「消え…た?」
「レーダーから消失…どういうことだ」
G-1ベースのコンダクトフロア内は、ざわついていた。赤い正体不明の敵KMFが突然レーダー上からロストしたのを、追いかけていた正体のKMFのパイロット及び、コーネリアやダールトンが見ていたモニタからも消えていたからだ。
「わかりません。ただKMFが赤みを帯びたと思ったら突然……」
ピッという敵を発見した際の機械音と同時に、先ほどと同位体なのかは不明であるが赤い点が現れる。その地点は――
「ギルフォード!!」
「わかっております、姫様」
コーネリアの少し強い叫びに対し、彼女の騎士であるギルフォードはいつもどおり冷静な声で、それに返事を返す。コーネリアの叫びの元凶であるそれは、周囲にある一番近い建物の上にたたずむ一機の機影。先ほどまで対峙していたKMFとは、カラーリングだけが違うその機体をモニターとレーダーで捉える。
「お前達二人はあのピンクのナイトメアを」
「イエス・マイロード」
ギルフォードの配下の2機が、もう一方のKMFへ向かうのを確認し彼は大型ランスの閉じていた4つのブレードを展開する。刺突力を高める為のそれは、彼が本気で戦う合図でもあった。
「ミレイさん…そちらをお願いします」
ナナリーは逆手で持っていた廻転刃短刀を順手に持ち替えて構えを取る。刹那の間ののち2機がランドスピナーを急速回転させ、地面を滑るように前進しながら間合いを詰める。大型ランスのなぎ払いをナイフで受け止め、そこを支点とし、KMFをランスの上を回転しながら飛び越える。ギルフォードの駆るグロースターは、すぐさま体制を整えて間合いを取った。
「小癪な…」
大型なランスは、ナナリーの持つ短刀とは違いリーチが長い分、軌道予測が付きやすく攻撃の型もある程度に絞られる。ある程度の予測とKMFの動きから、対処するように反応するナナリーは間合いの取り方が絶妙であり、それがギルフォードに決定打を撃たせない要因になっている。
「シミュレーターと実戦では、やはり違うものですね」
今は亡き母マリアンヌの血の影響か、ナナリーの反応速度はギルフォードと対峙してから、その速度を少しずつあげている。マリアンヌはその卓越した操作技術により、閃光の異名を冠する程の人物であった。
通常のサザーランドではナナリー達の操作速度に機体が悲鳴をあげていたが、ラクシャータによる特注製造のこのガニメデ型KMF試作機は、ナナリー達の操作速度に耐えうる程であり今まではとっくに稼動終了している時間を越えても、機体は悲鳴すらあげず安定した動きでナナリーの操作通りに反応する。
「いい子ね…、これならば」
フルスロットルで加速する試作機は、細かなフェイントを入れつつリーチに長けるランスを持つグロースター相手に、一歩も引かずに互角の勝負を続けていた。
「どぉ?データのほうは集まってる?」
ミレイとナナリーのKMFを積んでいたトレーラーの運転席では、KMFから送られてくる情報が一つの端末に表示される。それを見ながら別の端末へすばやく正確に打ち込んでいく運転席の2名の男。一人はラクシャータと同じく褐色肌の男性で、もう一人はその男性と比べれば白くオセロのそれを連想させるほど違いがある。色白の男の髪は紅く、男性にしては長髪と呼べるくらいの長さがある。
「ナナリー嬢の乗る白百合の方は、想定していた数値の上限に近いですね」
紅い髪の男は送られてくる情報を端末に入力しながら、ラクシャータへ答えた。
「ミレイの方はぁ?」
ナナリーの乗るKMFのデータを表示するモニタの隣には、同じようなデータを表示するモニタが設置されており、紅い髪の男はそちらのモニタへ目を向けてデータを確認する。
「終始一貫して一定の高い水準を保っています。どの機体を相手にしても順応してますね」
「ふぅ~ん……、今ナナリーはどんなのと?」
「コーネリアの親衛隊だと思いますよ。グロースターって最新KMFです」
「今送られてきたデータをこっちでも見てるけどさぁ、最終的にはもっと性能上げないとナナリーはもっと化けるかもねぇ♪」
(んふふ、ミレイはまだ本気じゃない……か)
ビルの上から飛び降りたミレイの乗るKMFは、迫る2機のグロースターに対してアサルトライフルを唸らせる。ブリタニア軍の最新兵器であるグロースターは、格闘性能が向上しており動きのクイックネスがサザーランドよりも高い為、グロースターのランスの間合い外ぎりぎりから撃ってはいるものの、致命的なの一撃を与えるには至らない。その内弾薬が尽きたアサルトライフルを放り投げて、相手のグロースターの2機を正面に据える。
――ふぅ
一息ついたミレイは、相手の動きを予測しながらも冷静に対策に付いて考えを巡らせていた。ナナリーのKMFと違い格闘性能よりも、射撃性能を重視してあるこの機体の近接戦闘に対し、若干の不安を感じていた。射撃時の機体の安定性を上げるためにナナリーののKMFより全体的に重く、ランドスピナーでの速度にも若干差が生じている。現状ではややグロースターの方が速く、間合いを開け様としても近づかれてからではなかなか難しいとミレイは実感した。
――相当のやり手だわ……サザーランドのパイロットとは一味違うわね♪
画面の端では一対一でやりあっているナナリーの乗るKMFの姿が確認できる。
――さて、
意を決してランドスピナーをフルスロットルさせるため、足元のペダルを踏み込む直前にコックピット内に呼び出し音がなる。画面の右下には『SOUND ONLY』の文字が表示され、ミレイを呼び出した本人の声がスピーカーから聞こえてくる。
「はぁい♪苦戦してるみたいねぇ」
「まぁねぇ……親衛隊を少し侮っていたわ」
「この子の初実践投入にしては、なかなかいい結果でたからさぁ~そろそろ帰ってきていいわよぉ♪」
「そうは言ってもねぇ…」
「あんたにまだ教えてないものが一つあんよぉ…、解除コードMOCCAP入力」
ラクシャータの言われた通り、コックピット内の端末に解除コードを入力していく。入力コード確定のボタンを押すと、画面上に解除用の認証コードを入力するよう文字が表示される。
「認証コードはVASRAG」
「はいはいっと♪」
ピーという音と共に武装解除と表示され、右足の強化パーツの脛の部分が外に大きく開く。そこからガシャンと現れたのは、よくある拳銃のグリップの部分。それを右手で引き抜くと一丁の拳銃が姿を現した。黒一色で統一されたそれは、実際に人間が扱う銃をそのまま大きくしたようなもので、銃身の上部は後ろへスライドするタイプで銃撃時の衝撃をスライドによって緩和、またそれを利用して次弾装填を自動化したそれを連想させる。
「その形状はあたしじゃなくて、あんたが連れてきた坊やの趣味よ」
「ああ……」
そのラクシャータの答えに納得した為、ミレイはあえて追求はしなかった。
「それで…ラクシャータさんこれは……って!?」
コックピット内でミレイが会話していても、対峙している相手には関係なく二機のグロースターが同時にミレイの方へと加速しだす。ミレイはそれに合わせて近づけさせないように移動を始める。後走しながら同時に超信地旋回をして、機体を反転させる。
「まあ、とりあえず撃ってみなよぉ…そうねぇ、足を狙いなさい」
「わかったわよ」
グロースターにやがて追いつかれたミレイは、緩急をつけた動きで相手のランスを挟撃を避けていく。銃を手にしていない左手はナックルガードを展開しつつ、当たりそうなランスに対してそれで弾いていく。
――今だ!!
そう感じたミレイは、銃口を右から来るグロースターの足元へ向ける。右手で握るレバーの親指の所にある丸いトリガーのボタンを一気に押す。それに連動してKMFの右手の人差し指で、手にした銃のトリガーを引く。トリガーが引かれ初めてから螺旋状に作られた砲身内に電圧が加えられ、装填された銃弾が高速で螺旋回転を始める。完全に引き終わると同時に、高速螺旋回転した銃弾が電磁の力により射出される。
ガシュゥン
撃ちだされた銃弾がグロースターの足目掛けて、一気に空間を突き抜ける。撃ち出された銃弾に反応する間もなく貫かれたグロースターは、ランドスピナーの制御を失い急激に失速を始める。
発射と同時にその反動で銃の上部が後ろへとスライドするが、弾全体を撃ち出しているのか特有の排莢という動作は存在しない。そのままグリップ内部にある弾倉から次弾が装填される。そのままミレイは狙いを左足に変えて、先程と同じようにトリガーを引く。
銃撃音と同時に右足を貫かれたグロースターは体制を崩し、胴体が地面に接触しそのまま勢いが止まるまで地面を削った。
「これ……すごい」
威力を目の当たりにしたもう一体のグロースターは、危険と察知したのか慌てて建物の影へ身を隠した。
「試作品だから弾は六発しかないから気を付けるのよぉ」
「六発もあればじゅ~ぶん♪でもこれ……アサルトライフルと全然威力が違う」
「そりゃそうよ♪あんなのより、このヴァスラグは射出時の弾速は倍以上に速くなっているし、加えて弾が高速で螺旋回転してるから貫通力もアップよん♪」
「ヴァスラ…グ?」
「Volt Accelerator Spiral Revolve Ammunition Gun、略してVASRAG(ヴァスラグ)。そんでもってタイプは、セミオートマチックよぉん♪」
スピーカー越しでもわかるほどラクシャータには自身が篭っていた。
「そいじゃ、ご自慢のVASRAGでもう一体しとめてくるわ」
「そろそろエナジーフィラーもいい頃出し引き上げなさいよ」
それだけ伝えてミレイの返事も聞かずにラクシャータは通信を切った。
「あちらを心配するなんて、私を過小評価してます?それとも」
ランスの大振りな動きの隙をついて、左手のナックルガードや器用にKMFを操作し微妙な加重操作で蹴りを繰り出す。
「面白い動きをする…だが!!」
わずかなナナリーの隙を見出したのか、強制的にランスを左手のナックルガードで防がされる。
「打撃であれば多少は覚悟の上、気を付けるべきはそのナイフ!!」
完全にタイミングを計られたナナリーは、突き出されたランスをなんとか左へかわすもギルフォードはすかさずその方向へ薙ぎ払う。なんとか左手を突き出し受け止めているも、片手と両手ではパワーに差があるため、徐々にナナリーの機体が押されていく。
「さすが親衛隊を率いる程の……、仕方ありません」
コックピットにあるパネルを操作し、画面上には『右前腕部固定ロック解除』と表示される。それを確認したナナリーは右手に持つ短刀を逆手に持ち変えて狙いを定める。
――相手頭部左側へ…
右手のレバーで微調整を行いつつ、ナナリーの目はギルフォードの乗るKMF頭部を見つめる。手の角度を変えつつ、徐々に押されている機体の位置も入れて計算を重ねる。
――行きますよ!!
意を決したナナリーは右手のレバーを思い切り前へと押す。それに合わせてKMFが右腕を前に伸ばす。レバーを握る手の人差し指と中指の所にあるトリガー型のボタンを手前に引く。右手前腕部の肘側が外に開き、ドンという音と同時にブースター展開し、勢い良く前腕部だけが肘の部分より飛び出していく。肘と飛び出した前腕部の間には太いワイヤーが伸びていた。
「なんだと!?」
突然の飛んできた手に反応はするも、逆手に持たれていた短刀の刃が、頭部のファクトスフィアに斬り込みを入れていた。手元のレバーでブーストを制御し、腕を動かすことで飛び出した前腕部を自在に操る。飛び出した前腕部はナナリーの操作により、すでに腕側にワイヤーを巻き取り始めていたその腕は、急速に前腕部との間を縮めてガチャンという音と共に腕と再び装着し、連結部分を固定ロックさせた。
「まさか手を伸ばすとは」
なんとか体勢を整えたギルフォードであったが、背後から撃ち出された銃弾にきづけず左足を貫かれたグロースターはそのまま地面へと膝をついた。
「くっ、後ろからとは卑怯な」
機体のコントロールを失ったギルフォードは、モニタに表示される二機のKMFの姿を睨み付ける。
「やるじゃない♪まさかあそこでワイヤードフィストとは」
「ありがとうございます♪」
「それじゃ、エナジーフィラーがそろそろ危ないから、引き上げましょう」
「はい。お兄様とシーツさんは無事でしょうか?」
「大丈夫よ♪だって、あのシーツーが一緒よ」
「うふふ、そうですね」
二人はギルフォードのグロースターに背を向けると、ランドスピナーをうならせてこの場を去って行った。
「大丈夫か?ギルフォードよ」
「申し訳ありません姫様」
「よい。今回はゼロについて少し理解できただけで、良しとしよう」
「この汚名は必ず……」
「ギルフォードよ…、今は早く私の傍に戻ってきておくれ」
「…イエス・ユア・ハイネス」
ギルフォードの敗北……、敵国のKMFに負けたのはコーネリアの騎士になってから初めての事であった。
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