「んふふ」
立ち上がったミレイは後ろを振り向くと、規則正しい寝息を吐きながら自分の体を味わい尽くしていた愛しい男性《ひと》の、整った綺麗な寝顔を見て笑みをこぼす。ベットの中での行為を思い返し少しだけ頬が熱くなる。それでも彼から目を離せないのは、彼がこの世のどんなものよりも美しさと気品を兼ね備えている唯一無二の存在と思っているからだ。しばらく眺めたミレイは、熱く篭った息を吐きベットから立ち上がった。
ゆっくりと部屋を舐めるように視線を流す。ふと入り口の方へ視線を向けると、顔は見えないがそこには人の姿が見える…否、見えるというより感じているという方が正しい。殺気も殺意も感じずに、ただそこに立つ人…自分がよく知る少女の姿をしたそれは、表情をはっきり見せる事無くただただミレイの方へ体を向けていた。
「ふぅ」
その少女の姿のそれをみて、少しだけざわついた自分の心を落ち着かせようとゆっくりと目を閉じ一息つく。ざわついた心のそれの落ち着きを取り戻し、閉じたときと同じようにゆっくりと目を開ける。先ほどまでそこに感じていた少女の姿のそれの存在はなく、あるのは窓から差し込むほのかな夜明かりが照らす白い部屋のドア。
「ふふ……、手ごわいライバルだなぁ」
ミレイの見た少女の姿をしたそれは、時々ミレイの前に現れては何をするわけでもなくただ視界に映る。その正体についてはミレイはわかっていた。
それは、自身の中に潜む少女に対するドス黒い嫉妬の一部。どんだけ彼に愛されていても、それ以上に欲してしまう欲望の塊に不安の集合体。こんな時は少しだけ嫌悪に陥り、いつも優しい彼の妹の事を思い浮かべる。まっすぐな兄思いで優しい心と、固い決意を秘める少女。自分の不安と嫉妬の矛先である同時に必要とし守るべき存在。でもきっと原因は少女ではない事もわかっていた。彼女の中でたゆたう嫉妬の渦の中心にあるのは、……それは枢木スザクの……存在。
少年への冷ややかな思いと同時に、愛すべき少女に謝罪をしたミレイは再び愛する彼…ルルーシュの眠るベットの中へと潜り込んだ。すぐ近くで彼の鼓動を感じるため、少し身を縮こまらせて彼の胸元に顔をおしつけた。
「おやすみ…ミレイ」
起きていたのかミレイの頭の上で聞こえたその声に、ぴくっと体を震わせて顔を声の方に向ける。うっすらと開かれた隙間から覗く紫電の瞳が、ミレイを双眸で捉えていた。少しだけ首を伸ばし目を瞑る。シーツのすれる音と、彼の体が少しだけ動き暖かくやわらかい感触が彼女の唇と重なり、二人だけの熱い営みが夜の静寂に熱を帯びさせていく。
「……さん、…イさん起きてください。ミレイさん」
「ん~?」
ゆさゆさと揺れる体の振動と、自分の名前を呼ばれる声に気がついたミレイはゆっくり目を開くと、そこには少しだけ焦ったようなナナリーの顔が目に入った。
「あれ?あたし寝ちゃった?」
「はい、それはとても気持ちよさそうに」
『夢か』と理解したミレイが大きく伸びをすると、先ほどの焦った表情から一変し安心したようにナナリーは微笑んだ。ただ|KMF《ナイトメアフレーム》を移送するため、丁寧に積み込まれたこのコンテナの中にはナナリーとミレイの他にピンクとインディゴのKMFだけが乗っている。ハイウェイを走っているのか、タイヤから伝わる振動音が常に一定のため揺れも規則正しい。
「先ほど運転席から連絡があって、そろそろ目的地付近に付くそうです」
「もうサイタマゲットー付近?」
潜水艦にいるときのシーツーからの電話と、テレビでサイタマゲットーに潜伏しているテロリストに対して、包囲作戦を展開中とニュースで報道されている状況から、ルルーシュが向かったとされるサイタマゲットーを目指していた。最悪の事態を想定し、ルルーシュの置いて行ったゼロの装備一式を持ったシーツも現地へ向かっていた。
ピーガガ……
「はぁ~い、もうすぐ着くんでしょ?」
数時間前まで一緒にいた女性、ラクシャータの声がコンテナ内に響く。
「はい、もうすぐサイタマゲットー付近に」
コンテナ内に設置されたスピーカーが鮮明にラクシャータの声を響かせ、高感度マイクがラクシャータに二人の声をほぼノーノイズで送られる。
「あんた達二人の腕は信じてるけど、初陣なんだから傷つけずに帰ってきてよぉ」
「あら、ラクシャータさんは私とミレイさんを信じてくださらないのです?」
「信じてるけどさぁ、その子たちを産んだ母親心ってやつよ」
「相変わらず無茶言うのねぇ、でもそういう所好きですよ」
「それじゃあ、またあとで」
通信を終えた二人は、どちらからともなく寄り添い抱き締める。
「少しだけ……緊張します」
ミレイの後ろに回した手の力が少し強くなる。それを感じたミレイは、ゆっくりとナナリーの背中を上下にさすった。少しそれを繰り返すと、ナナリーの手の力が少しずつ弱くなりどちらからともなく体を離した。
「行きましょうミレイさん」
「うん、行こうナナリー♪」
ナナリーは強化パーツ部分がインディゴカラーのKMFに、ミレイはピンクからーのKMFへと乗り込み、コックピットのモニタの右下にある差し込み口へキーを差し込む。モニターにID入力画面が表示され、そこへラクシャータから教えられたIDを打ち込むと、KMFはそのIFを認証し初期起動を開始した。
サイタマゲットーの戦闘は、呆気ないほどあっさりと終了した。コーネリアという名前の影響も有り、サイタマゲットーに潜伏していたテロリストは、はじめから心を折られていたかのように脆い物だった。指揮官の出す指令に従い、初めの内は成功していた作戦も最終的にコーネリアの知力に劣り、その指揮官の指示も聞かずに独断でバラバラなテロリスト達はあっという間に殲滅させられた。
作戦終了後、指揮用陸戦艇のG-1ベース前に整列させられたKMF部隊は、G-1ベース内にいるコーネリアの指示によりコックピットから素顔を晒すよう指示が下った。整列されたKMFからパイロット隊が順番に素顔を晒していく。
「貴公の番だ」
ラクシャータの騎士であり、長髪をオールバックにし後ろで一つに束ねているギルバート・G・P・ギルフォードは、なかなかコックピットから出てこない1機のKMFへ向かって鋭く威圧するように言葉を放つ。それでも出てこないコックピット内の少年の葛藤をあざ笑うかのように、冷たく催促を告げる。コックピットの少年は静かに「わかりました」と答えた。
「ゼロだ!!ゼロを発見」
第三者のパイロットが叫び、それぞれが驚きと動じにそちらへ視線を向けた。骨組だけにぼろぼろなビルの上で、吹く風にマントをたなびかせながら堂々とその姿をコーネリアに、そしてその少年の前に現した。下からブリタニア軍人がライフルを手に射撃を開始する。それとタイミングを合わせるように、体を後ろへと倒しビルから飛び降りた。
「罠の可能性は?」
ゼロの映像を見ていたコーネリアは、冷静にいくつかの可能性の内1つを口にする。コーネリア率いる軍の将軍であり、割と短い髪を後ろに流し顔には右眉毛上から左頬の辺りまで斜めに傷跡がついている彼の名は、アンドレアス・ダールトン。数多の戦闘を経験している彼はコーネリアの問いに対し一言で肯定を示した。
「ミレイ、ナナリー…頼んだぞ」
「まっかせてぇ♪」
「シーツーさん、どうかご無事で」
シーツーからの通信が切れたと同時に、ピンク色のKMFが勢いよく建物の隙間と隙間を縫うように移動を開始する。コーネリアやその親衛隊の乗るKMFはG-1ベース前に構えているが、他の兵隊は消えたゼロを探すように3機1小隊で捜索活動を行っている。瓦礫の積まれた山の壁に身を潜め、アンテナが感知した1小隊が接近するのを待つ。最後の3機目が通り過ぎると動じに飛び出したミレイは、照準を足元へ合わせトリガーのボタンを押す。それに反応するように、KMFがアサルトライフルのトリガーを引く。銃声と共に飛び出した銃弾が数発命中しランドスピナーを破壊すると、サザーランドは急激に失速する。
「なんだ?……なんだあのナイ」
KMFのパイロットが気づいたときにはすでに遅く、ミレイのKMFのナックルガードが展開された拳を、サザーランドの顔面に叩きこみファクトスフィアを潰した。モニタの不能にランドスピナーの不能になったサザーランドのパイロットは、脱出レバーを引きコックピットを射出させた。
「な、識別不明のKMFが!!」
1つの小隊から、G-1ベースへと連絡が入るも途中で悲鳴と共に通信が途絶えた。
「やはり罠だったようだな」
「そのようですね。捜索を中止し部隊をG-1ベース前に集合させますか?」
「ふぅむ」
ミレイと同じようにナナリーの乗った、インディゴカラーのKMFも同じように1小隊ずつ撃破していく。ミレイのKMFより近接能力に秀でているため、アサルトライフルで威嚇しつつも正確な動きで間合いを詰める。右手にはナイフのような短剣を逆手に持っているが、これはラクシャータ考案の試作近接武器であり刃がチェーンソーの様に高速回転して切り裂く廻転刃短刀であり、これに触れたKMFの部位をあっという間に切断する。
「ギルフォード」
2箇所で発生しているKMF部隊の消滅に、腰を上げたコーネリアはギルフォードを呼んだ。
「なんでしょうか姫様」
「片方の消息不明機へ向かってくれるか?ギルフォードよ」
「承知いたしました」
「もう片方はいかが致しましょう」
「残りの全小隊を向けよ」
「はっ」
2つ目の小隊を倒し終えた所で、新たに近づく正体をレーダーに捉える。やがてモニタに映るそのKMFは今までのサザーランドのそれとは違い、赤紫系のまさに騎士と言わんばかりの外見のKMFは背中に巨大なマントを羽織っていた。
「ミレイさん、こちらに親衛隊と思われる小隊が来ました」
「親衛隊?ってことはブリタニアの最新式のKMF……、たしかグロースター」
「あれがグロースターなのですね…」
赤紫の機体に、西洋の兜部分にファクトスフィアが備え付けられている。左右の腕の付け根の部分にはスラッシュハーケンが装備されていた。現在ブリタニア軍主力のサザーランドの発展型であり、近接戦闘用に格闘性能が向上している。手武装のランスは金色で、柄と刃の結合部分には外周に4枚のブレードがついており、サザーランドの装備のランスとは形状デザインが違っており、外周のブレードによって刺突の威力も向上していた。
「さて、我が騎士ギルフォード相手にどこまでできるかな?ゼロの仲間か……それとも…」
戦士としての血を滾らせながら、コーネリアは静かに勝ち誇った笑みを浮かべていた。
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