青く澄んだ空を泳ぐ白い雲、太陽から差し込む日差しを浴びながら気持ちよさそうに泳ぐ雲を、移動中の電車内の窓から眺める。窓際に座るミレイは、突発性イベント企画症候群患者特有の症状を発揮して、急遽前日の金曜日に生徒会メンバーに声を掛けていた。男子禁制というわけではないのだが、リヴァルは外せないバイト、ルルーシュはナナリーがいるからと、ナナリーはルルーシュと一緒にいるからと、スザクは軍の仕事があるからと、カレンは体調がすぐれないからと言って、必然的に集まったのはミレイとニーナとシャーリーの3人となった。
「ほんとはルルも来れればよかったのにねぇ♪」
「別に…そういうわけじゃぁ…」
見透かされているようなミレイの笑みに、シャーリーは声を窄めていく。
――来て欲しかったのは私も同じよ
決して明かされる事の内心の声を、今ここにいない愛しい人へと語りかける。窓の外を眺めながら、決して来ることの無い返事を、ミレイは望んでいる。これからあと何度今日の様な穏やかな日を過ごせるのだろうかと、答えの見えない未来を想像する。決して、そう多くは無い事を悟りながら。
ふいに電車がトンネルに差し掛かると同時に車内が暗くなる。「ひっ」という声にならないその叫びを漏らし、ニーナは体を強張らせた。服の裾を握り、その力が徐々に強められていく。それに気づいたミレイは、ニーナの前に屈んでそのおびえる両手を優しく包んだ。
「大丈夫。河口湖はブリタニアの観光客も多いから、ゲットーみたいに怖くないよ。一緒にいるから。ニーナは一人じゃない、シャーリーとあたしがついているんだから」
「……うん」
その優しさのこもる声と言葉、そしてミレイとシャーリーの笑顔に安堵してニーナは返事をした。
今から遡る事3年前――
ニーナ・アインシュタインは、祖父の影響から昔から科学に没頭しているため造詣が深く、没頭している時の集中力は凄まじい物であった。元々ブリタニア本国に居たのだが、幼馴染のミレイがエリア11の学校に通うという事をきっかけに、親元を離れたいという思春期の心とミレイと一緒に居たいという思いから、ミレイが通うアッシュフォード学園に通うことを決めた。本国に居た時から少しだけミレイに依存していた。
中等部2年生となったニーナは、一人で居る時は相変わらずパソコンへ向かい自分独自の理論を打ち込みながら、特性や属性の変化等の研究を行っていた。簡単に材料が揃えられるものは実際に実験をし、検証を繰り返す。材料が揃えられないものに関しては、データ上で様々な情報を打ち込み、仮想ではあるがそれなりのデータを作成していく。
この頃は今では想像し難いほど、ニーナは活動的で材料集めに良く街へと繰り出していた。
――よし、準備できたっと…いってきまーす
そう頭の中で呟いたニーナは、お気に入りのホワイトフェイクファークポシェットを肩に掛けて、アッシュフォード学園の女子寮を後にした。頭の中で研究の続きをしながら、今日探す材料の事も頭の片隅において置く。脳内作業をしながらも車や対抗から来る人に注意をして歩いていると、あっという間に最寄駅に到着する。
ブリタニア人と名誉ブリタニア人が住む租界――その一角にあるアッシュフォードは、街等への交通手段等を考慮した場所に立地されていた。マネーチャージ式のカードを駅改札のセンサー部分に近づけると、ピッという音と共に改札が開く。この電車は租界をぐるりと一周しており、外回りと内回りの2つありそれが数分間隔で運行していた。
タイミングよく来た電車に上機嫌になったニーナは、空いている席に座り発進した電車の心地よい揺れを感じながら、また頭の中の研究の続きを始める。脳内の研究を描きながら心地よい揺れの影響も有り、暫くしてうっすらと開けた目に自分が降りる駅名が書かれた看板が目に入ると、ニーナは慌てて席を立ち乗り込もうとする人を押しのけて駅のホームへと降り立った。
――危なかった。この間みたいに2週なんてしたくないし……
つい最近やらかした失敗を思い出しながら、動悸の激しい心臓が落ち着くまでゆっくりと呼吸する。最後に大きく息を吐きニーナは駅の改札口へと向かった。
戦後4年経った今でも|帝国に数字で呼ばれる敗戦国の人間《ナンバーズ》が住むゲットーと呼ばれる地域と、ブリタニア人と|役所で手続きをして有る程度の自由と身分を保障された敗戦国の人間《名誉ブリタニア人》が住む租界の格差は広がるばかりで、ナンバーズが住むゲットーはブリタニアからの支援はなく、ナンバーズ自身が少しずつ復興を行うため、4年経った今でも少しも改善はされていない状況だった。租界から見下ろす形で存在するそのゲットーは、瓦礫の街という言い方が似合うほどに見るも無残な姿を晒していた。
――さて、と
鞄に入れたメモを取り出して、買うものと店を考えて効率のいいルートを考えるも特にそんな遠くも無いため、メモの通り順番に回ることにした。そうは言っても女の子の買い物は得てして単純ではなく、順番どおりに店に向かう間の店の服や小物を眺めてしまい、結局はそれだけでも意外と時間を食うものである。
それでもニーナはその時間は極端に少ない。服や小物の買い物は一人で行く事は少なく、今回のような実験材料目当てできている時は、服等もはや眼中にない。基本的に服を買うときは、ミレイと一緒に来る事が多く、最終的にミレイの趣味に走らされ結局は弄ばれるのが、お決まりになってきている。
――えっと、あとは駅前のあそこで最後
すでに数件程店を巡り、意外にも早く材料が揃ってしまったニーナは、メモに書いたものと購入して鞄に入れた物を確認して行く。個数を間違えないように数えつつ、頭の中で図式と寮へ帰宅してからの事を考えながらニーナは駅へと向かった。
「あれ?」
そう…駅へ向かったはずだった。
「ここ…は?」
冷静になったニーナは辺りを見回す。建物に日差しを遮られ薄暗い路地に入り込んでいた。表の通りと違い、壁や道が汚く不気味さを感じさせる。少しだけ体を強張らせたニーナは、ゆっくり後ずさりをして表の通りを目指す。しかし――
「げ!?ブリキ野郎がいるぞ」
「ひっ!!」
体をさらに強張らせたニーナはぎこちなく後ろへ振り返る。そこには表通りからニーナの方へ歩いてくる人影が数人。急いでいるのか…それとも焦っているのか全員の息が荒い。
「あ……ああ……」
恐怖で震える体を必死に動かそうとするニーナだが、頭を占めるのはもはや実験の事ではなく純粋な恐怖。人影が近づいてくるとはっきりとその正体が見えてくる。
「い……イレヴン?」
恐怖のニーナがその人影の正体に気づき口にした言葉。それはまさに禁忌に等しい言葉であり、近づいてくる者達の怒りに触れてしまうそれでもあった。それでも戦勝国であるブリタニアの人間にとっては、それは覆らぬ事実でありただそれを口にしているだけと思っている。しかしブリタニアに負けエリア11となり敗戦国になろうと、日本人と言う誇りを失わない人にとってはそれを汚されたと同位の事。
「ブリキのガキのくせにぃ」
その中の一人がニーナに駆け寄り緑色の彼女の髪を掴む。
「痛い!!いやぁぁ、離して!!」
ミレイのように伸ばし軽くパーマを当てていた彼女の髪は、今の彼らにとっては貴族のそれに似ているらしく苛立ちを加速させてしまった。子供とはいえ、誇りを踏みにじられた彼らの理性のタガははずれ、ニーナの左頬を明らかな成人男性の拳に殴りつけられる。鈍い音と同時に掴まれていた髪がブチブチ音を立てた。
「うぐ……あああ」
今までに味わった事の無い鈍痛に苦痛の嗚咽を漏らし、同時に恐怖で体がいう事を聞かず倒れこんだ道路の上でもがく。
「俺たちは日本人なんだよぉぉ!!」
骨と骨、肉と肉の鈍い音が幾度も路地裏に響く。だがにぎやかな表通りの華やかな音にかき消され、路地の出来事は誰も気づきはしない。
「うぅ…あぐぁ…」
肩で荒く息をした男がニーナを地面に押し倒し、強引に両手を押さえ込む。
「へっへっへ。まだガキんちょだが、できることはできるだろ」
獣のような目に荒い息、周りの男立ちも下卑た笑みを浮かべて見下ろしている。男の顔がニーナの顔に近づく。それでなんとなくこれからの事を察したニーナは、思い切りの抵抗をするも体格差のある男の力に叶うはずも無く、ただただ足をじたばたさせている。押さえ込まれた手はぴくりとも動かすことができない。
「ぃ…ゃぁ…ぃゃ」
殴られた鈍痛と恐怖に耐えられなくなった脳が、徐々に意識を遮断し始める。
「あなた達……あたしの連れに何してるの?」
「ああ!?なんだてめぇ……お、いい体してるじゃねぇかブリキのガキはよ」
「咲世子さん…」
「かしこまりました」
――え?ミ…レイ……ちゃん?
そこでニーナの意識は完全に途絶えた。
次に目を覚ました時にはすでに病室で、顔や体には手当てした後がガーゼや包帯という形で残っていた。ゆっくり体を起こそうにも体の至る所が悲鳴を上げて、思うように自分一人では起き上がらせることもできなかった。
コンコンとドアをノックする音に、一瞬体を拒めるも入ってきた人物を見てニーナは心底安堵を浮かべた。目から自然と涙が溢れ、今までの恐怖がここに来て一気に爆発してしまった。ベットの隣に座り、いつもと同じ優しい笑みを浮かべたミレイの胸に顔をうずめながら、感情を爆発させた。
「ごめんねニーナ。街であなたを見かけたから、声をかけようと追いかけたんだけど途中で見失って」
ニーナの背中に回されたミレイの手が、上下にゆっくりと撫でる。
――あそこは地下通路がゲットーに繋がってるから……
「今度街に行くときは私も一緒に連れてきなさい♪」
「………うん」
トンネルを抜けた電車の窓から見えるのは、緑生い茂る風景に堂々と佇む霊峰富士山。栗色の長い髪をポニーテールにしたシャーリーは、この風景に感嘆の声をあげる。
「うわぁぁ~♪」
トンネルから抜けて明るくなった車内に安堵したニーナも、風景を見ながら少しだけ笑みを戻した。
――ルルーシュもナナリーもくればよかったのに…
少しだけ寂しさを覚えたミレイだが、対面の席で笑顔を浮かべるシャーリーとニーナを見て、つられてミレイも笑顔になった。
三人はこれから過ごす楽しい一日に思いを馳せる…このままいけば楽しい旅行になる――はずだった。
PR