「ルルーシュ~どこ行くの?」
クラブハウスの入り口のドアを静かに閉めた黒髪の少年は、予期せぬその声に身を強張らせながらゆっくりとその声の先へ視線を移す。入り口の柱の影からは、少年が良く知る金髪の少女の姿を確認すると、少年は少しだけ緊張を緩めた。
「ミレイか……、ちょっと野暮用でね」
そういって歩き出したルルーシュの行く手を阻むように、ミレイは正面に立ちはだかる。ルルーシュはかまわずミレイのすぐ前で立ち止まると、ルルーシュに向けて微笑みを向けるミレイの顔を無表情に見つめる。
触れて欲しくない時、ほっといて欲しい時にするいつもの癖。それをわかっているミレイだったが、今日はなかなか強情に彼の前から退かない。そんなミレイをルルーシュは無視する事はせず、ミレイの前で立ち止まったまま。
「ほんと…困ったルルちゃんねぇ」
ミレイはゆっくりとその額をルルーシュの胸元へ押しあてる。ただ押しあてるだけでミレイもルルーシュも、互いを腕の中に捉えようとはしない。
「ちゃんと帰ってきなさい。あなたが…ん~ん、なんでもない」
押し当てていた額を離し、少しだけ体をルルーシュの正面からずれたミレイはいつもの微笑を向ける。
「いってらっしゃいルルーシュ♪」
その言葉に返事を返さず、ルルーシュはミレイを抱き寄せ微笑を浮かべるミレイの唇に自分の唇を重ねた。少しだけ開かれた隙間からお互いの想いを絡め合う。少しだけミレイの頬が上気しだした頃、ルルーシュはミレイから唇を顔を離した。
「行って来るミレイ」
――だから、今は何も聞かず待っていてくれ
心の中で彼女への願いを囁きながら、ミレイに後姿を送る。そのルルーシュの背中をしばし見つめたミレイは、ルルーシュとは反対にクラブハウスの中へと入っていった。
「おはよう、ナナリー」
ルルーシュと入れ違いでクラブハウスへ入ったミレイは、リビングルームへ入ると椅子に座っている少女に向けて声をかけた。ルルーシュがいないため、車椅子ではなく普通に椅子に座っている。
「おはようございます、ミレイさん。ご一緒に朝食でもどうですか?」
「あら、じゃあ頂こうかなぁって、私の分あるの?」
「いえ、お兄様が出かけられたので…」
「ああ、そゆことね♪なら遠慮なく頂くわ」
ミレイがナナリーの隣の椅子に腰を降ろすと同時に、咲世子が朝食の載ったワゴンを押して部屋に入ってきた。会話が聞こえていたのか、手際よくミレイの前にナナリーと同じ朝食が並べられていく。最後にソーサーの上に置かれたティーカップに、咲世子がティーポットに入れたお茶を注ぐと、茶葉の香りがミレイの鼻先をくすぐった。
「やっぱり、朝は咲世子さんの煎れてくれたお茶が一番ねぇ♪」
真っ先にティーカップを手に取ったミレイは一口飲むと、短く息を吐いて口の中を通し香りを味わう。咲世子が用意した朝食のメインは野菜とハムのサンドイッチ。一口サイズで女性でも食べやすい様に考えられていて、ミレイはあっというまにそれを完食した。
ミレイの正面に座るナナリーは、既に食べ終わっており食後のお茶を楽しんでいる最中である。
「ナナリー、今日は暇?」
「はい、いつもですけど時間は余っているくらいです」
「なら決まりね♪」
楽しそうな声色を上げたミレイは、来ている制服のポケットから携帯を取り出し何処かへと電話をかけだした。
「あ…もしもーしミレイです。……ええ、だから今連絡を……、ナリタ連山?はーい、ではナナリーといつもの所にいますからね」
電話を終えたミレイにナナリーは問いかけた。
「ミレイさん、今のはラクシャータさんです?」
「そうよ。なんかナリタ山の麓の地区に、退避命令が出てるみたいなの」
「退避?命令ですか……、ということは」
ナナリーがすでに事情を察していると感じたミレイは、満足そうに笑みを浮かべてナナリーの言葉の続きを紡いだ。
「戦闘が起こるって事よ。咲世子さん、悪いけどアレの用意をしてもらっていい?」
「かしこまりました」
ナナリーとミレイが食べ終わった朝食の食器を片付けていた咲世子は、ミレイの言葉を聞き足早に食器の載ったワゴンを押してリビングルームを後にした。アレというのは、ラクシャータが考案した試作型のパイロットスーツ。ナナリーはインディゴカラーでミレイはピンクカラーのそれは、パイロットの生存率を高めるための物である。
先日、アッシュフォード家に客人として滞在しているラクシャータからプレゼントと言われて受け取ったミレイは、その管理を咲世子にお願いしていた。ナナリーのトレーニング時の服や、変装用ブリタニア軍服等の管理は元々咲世子に任せているというのが理由である。
「もしかして、この間のサイタマのナイトメアもいるのでしょうか」
「なぁに?決着つけようって事?」
「はい。この間は私一人では勝てなかったでしょうし、やられっぱなしは嫌ですから」
そう言って可愛く笑ったナナリーの中で、ふつふつと燃え上がる炎をミレイは感じた。笑顔のあどけなさでは隠されてしまう彼女の本性、負けず嫌いで嫉妬深い。何よりルルーシュの事に関しては時々狂う。それを知っているのは、ミレイと咲世子とシーツーくらいである。
「でも油断はしないでね。あくまでもシミュレータと実物は違うはずだから」
「わかっています。それにラクシャータさんにお願いして、私の思う通りに調整をお願いしましたから」
これから戦闘をしにいくというのを感じさせない程穏やかな二人は、十分後に準備を終えてやってきた咲世子からバックを受け取り少しだけ気持ちを入れ替えた。
ここからラクシャータ達との合流地点へは、咲世子の運転する車で移動をする。咲世子は一足先に車をとりに行き、ミレイとナナリーは校門前へと向かった。
「咲世子さんありがとう。戻ったらいつものアレ…やっておいてね」
「かしこまりました。御武運を」
咲世子の運転する車でラクシャータ達との合流地点へ到着したミレイとナナリーは、咲世子に別れを告げてまだ到着していないラクシャータ達の乗るトレーラーを待つことにした。
咲世子の車はすでにUターンして、アッシュフォード学園へ向かっており、すでに咲世子の運転する車の後姿は遠い。
「咲世子さんの運転て……やっぱりいつも激しいよね」
「そうですね。なんか最高速度がちょっとすごいですし」
あっという間に小さくなる咲世子の車を目で追っていた二人は、こちらに向かって近づいてくる大型のトレーラーの姿を確認する。ある程度近づいたところで、車の助手席の窓から顔を出したラクシャータが二人に向けて手を上げた。
それを合図にミレイはナナリーの手を掴むと、トレーラーのKMF簡易格納庫となっているコンテナの内部をイメージする。何度も載っているため内部構造もKMFの位置もほぼ記憶できているため、二人の姿が道端から消えるのにさして時間はかからなかった。
「はぁ~い、おまたせぇ」
運転席とを繋ぐドアから、コンテナへ入ってきたラクシャータはキセルをふかせながらミレイとナナリーの方へ近寄ってきた。ふぅっと口から白い煙を放射し不敵な笑みを浮かべてナナリーの肩をぽんと叩く。
「言われた通りの調整してみたんだけどぉ、その分最高速度が若干落ちちゃうのが難点でねぇ」
「いえ、ありがとうございます。相手に勝つには近距離でのレスポンスが必須ですから」
「まあ、今あたしはキョウトのおじいちゃんたちからまた新型の依頼が来てて、あんた達のナイトメアを調整してんのは、あの坊やさ」
そう言ってラクシャータが視線を投げた先には、赤い髪にわりと白い肌の青年が褐色の男性と端末を見ながらいろいろと話し合っている。
「ミレイが連れてきた時はぶっちゃけめんど~って思ったけど、日本人にしては頭は切れるし発想も斬新。日本人にしておくのが勿体無いわねぇ~」
「でしょ?…それでナナリーはどんな調整を頼んだの?」
「それは瞬間加速といいますか、初動の加速を上げて近接戦闘時に相手のKMFより半歩でも有利に立つためです」
「なるほどねぇ~♪たしかにそうすれば、あのグロースターの隙を作り易いって事ね」
「だからトルクを上げた分最高速度がちょっとねぇ~。あ、それと二人のナイトメアにそれぞれ廻転刃短刀を一本追加しておいたわ。さすがにVASRAGは量産できなかったけど」
間合いを考えると短刀よりは刀の方が有利なのだが、ナナリーは小回りの効く短刀を気に入っていた。ナナリーの師である咲世子が、クナイを得意の得物としてる。クナイを使う咲世子に憧れている部分が少なからずナナリーにはあった。
一方のミレイは銃撃が得意のため、特に近接用の武器に大してあれこれは考えない。なぜならどの武器もすぐに特性を感覚で覚えて扱えてしまうからである。しかし銃火器の場合は、射撃性能や反動や挙動等銃によって様々なため、念入りに調整やシミュレートを行っていた。
すでに現在装備しているVASRAGは、サイタマゲットー後に微調整の依頼をしているためすでにミレイ仕様である。
「まあ、着くまでもう少しかかるから今の内に微調整とか準備をよろしくぅ~♪斜面での戦闘データをばっちりとってもらうから、そのつもりでねぇ~ん♪」
そう言ってキセルをふかしたラクシャータは、端末を確認している技術者に声をかけ画面とのにらめっこを始めた。
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