褐色の肌に見栄える紫の口紅で飾られた唇から、ため息なのかはたまた自分の緊張を鼓動を落ち着かせるためなのか、何回目かの息が漏れた。金色の瞳で何度も書類とそしてアッシュフォード学園の制服を着た、男子生徒の写真に目を通す。
――ルルーシュ・ランペルージ……、こいつがゼロに通じている可能性はある。もしゼロにたどり着いたら…
そこまで頭の中で呟いた女性、ブリタニア軍騎士候のヴィレッタ・ヌゥは口端を上げてにやりと笑みを浮かべる。
――私は貴族に……騎士候なんてものじゃなく、本当の貴族に
内に秘めた野望の為、目的の人物が帰ってくるのを今か今かという思いで、彼女は一件の家を見つめた。黒の騎士団に散々苦渋を飲まされてきたヴィレッタは、ようやくその尻尾を掴めると意気込み今は行方不明になった元上司を思い出す。
ジェレミア・ゴッドバルト
純血派を纏め上げ、KMFの操縦技術には誰もが一目置く存在であった。しかし、クロヴィス殿下殺害容疑をかけられた枢木スザクを輸送中にゼロと対峙、その際に彼らを見逃した事で彼の地位が一変する。これがオレンジ事件と呼ばれ、純血派の地位が地に落ちた事件であった。オレンジという単語を聞き、ジェレミアがゼロ達を見逃した事で、ジェレミアには不名誉なオレンジという陰口が方法で叩かれている。
――私は、ジェレミアのようにはならない。必ず貴族になってみせる
強い思いを胸に秘めたヴィレッタの乗る車の横を、タクシーが通り過ぎ一件の家の前で停車した。両サイドのウインカーを点滅させ暫くの後、後部佐席のドアが開かれる。黒い喪服用のドレスを着た栗色の長い髪の女性が、降りてタクシーの運転手に一礼すると後部座席のドアを閉めたタクシーは、発進した。タクシーの後姿をボーっと見つめている彼女を確認し、タクシーが見えなくなるのを待ってヴィレッタは車を降りた。
「シャーリー・フェネットさん……ですね?」
背後から声を掛けられ、体を強張らせるように反応した彼女は驚きと共にゆっくりと振り返る。
「はい、……あなたは」
振り向いた先にいたのは銀髪で褐色肌の女性。シャーリーはその女性を見たのは今回で二度目……一度目は―――
「ブリタニア軍所属の、ヴィレッタ・ヌゥです」
◇
「シャーリー、先に帰ってていいわよ。あとはやっておくから」
式も終わり少しだけ落ち着いたのか、母親はシャーリーに声をかけた。シャーリーは、式の前後の様子を知っているため少し躊躇するが、力無く微笑みを浮かべた母親の「大丈夫」という言葉に送られてシャーリーはタクシーに乗り込んだ。少しずつ遠くなる母親の事を心配したが、自身の心の中ではすでに限界に近かったため「大丈夫」という母の言葉を信じ、少しだけ長いため息を車内に零した。
父親の死……、シャーリーの心を追い詰める要因の一つではあるが、今シャーリーを最も追い詰めているのはそれではなく、同級生である枢木スザクの言葉。
『間違ったやり方で得た結果なんて、意味は無いのに』
スザクの放った言葉の矛先は、世間を騒がせている黒の騎士団と…それを率いているゼロに向いている。しかし、シャーリーは父親の死を確認したその日…ルルーシュに助けを、心の拠り所を求めた日の行為を、卑怯な行為と批判されているに等しいものであった。
スザクの言葉とルルーシュへの行為、自分の思いとが工作し焦点の定まらない視線は、ひたすらタクシーの窓の外へと向け流れる景色をただただ眺める。出ることの無い答えを求める彼女が次に声を発するのは、タクシーの運転手からの呼びかけであった。
「お客様、到着致しましたよ」
「え?あ、あ…はい」
はっと我に返ったシャーリーはあたりを見回すと、見慣れた自宅周辺の風景が視界に入る。彼女は慌ててお金を渡し、お礼を述べてタクシーを降りた。シャーリーが一礼すると、タクシーは後部座席のドアを閉めて車を発進させる。その後姿をしばらくボーっと見送った後、自宅へ入ろうと向きを変える瞬間に、背後から声を掛けられ、驚きで身を竦めた。
「シャーリー・フェネットさん……ですね?」
褐色肌に銀髪の女性に名前を呼ばれ、怪しみながらも一言返事を返す。
「ブリタニア軍所属の、ヴィレッタ・ヌゥです」
軍人という事で少しだけ警戒を解いたシャーリーは、ナリタでこの女性と会っていたことを思い出した。それは生き埋めになった父と対面した時に、案内をしてくれた軍人。
「ナリタではお世話になりました」
咄嗟に礼を述べたシャーリーに対しヴィレッタは、二言三言言葉をかけると自分が乗っていた黒塗りの車へ乗るように促した。
「実はあなたに知っておいて頂きたい事があります。不謹慎とは思いましたが、黒の騎士団について」
ヴィレッタから発せられる黒の騎士団という単語に、少しだけ過剰に反応してしまったシャーリーは、関わりたくないという思いと父の死の原因という想いが絡み合い、ゆっくりとヴィレッタの案内する車の方へと歩みを進めた。
シャーリーの歩みを進めるその足音が、二人の歯車を狂わせているとは知らずに……
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