「ルル、嘘だよね?あんな…怪しい人の言うことなんて…」
シャーリーは父親の葬儀のあった日に、ヴィレッタから聞かされた言葉を思い返した。自分の生徒手帳に挟んであったルルーシュの写真、どこかで無くしたとばかり思っていた写真をヴィレッタから渡され、ルルーシュについて一つの仮説を語り出す。
『黒の騎士団に関与している可能性がある……テロリストだ』
それを聞いたシャーリーは、ヴィレッタの声を掻き消すように否定の声を上げた。渡された写真のルルーシュは、いつもの様に優しい笑みを浮かべシャーリーの目を捉えて離さない。
――嘘よ、ルルーシュがテロリストだなんて…
――お父さんを殺したのはゼロで…黒の騎士団で…
二つの思いが交錯しやがて絡み交じり合う。何が真実で何が信じられるのか…、信じてきた思いの大きさに比例するように疑問が疑心に変わり、やがて疑惑が心を支配する。ルルーシュに対し不信の念を抱いてしまったシャーリーは、ヴィレッタに言われるままに行動を起こしてしまった。そして今この港に訪れるに至った。
ルルーシュを尾行しこの港まで来たものの、ルルーシュを見失ってしまったシャーリーは、不安になりながらも逃げ出したい思いに逆らうようにゆっくりと足を進める。胸元で右手を強く握り締めて、自身の不安を恐怖心をなんとか押さえ込む。
「ルル……お願い、信じさせて」
すでにルルーシュに対して不信しか抱いていない彼女の口から出た言葉は、ルルーシュを信じている気持ちなど微塵も含まれてはいなかった。そんなシャーリーの事を尾行している人物が一人、事の発端を起こしたヴィレッタであった。
「見失ったようだな……、早く連絡してくれば手を打てたものを」
シャーリーが尾行するであろうと予想していたヴィレッタは、あの後からシャーリーを監視していた。尾行する事にしても連絡がないという時点で、こちらの事も信用してはいないのだとヴィレッタは察する。一人で確かめて何も無ければそのまま……、見失ったシャーリーに対し軽く舌打ちしそれでもその姿を追うしかないヴィレッタは、周囲を警戒しつつシャーリーの後に続いた。
「やはりあの学生を先に捕らえるべきだったか……」
ルルーシュを見失いあたりをキョロキョロと見回すシャーリーの姿に、嘆息をもらしたヴィレッタは胸に秘めた決意を思い出し、じれったさに叫びたい衝動をなんとか押さえ込む。
「黒の騎士団との接点がある、という確証が必要だ。きっとあの小娘との会話で必ずわかるはず。やつが私とジェレミアに行った記憶の操作、その手段を持っているなら尚の事」
ヴィレッタはさらに目を鋭く光らせ、シャーリーの姿を視界に捕らえて離さない。
「私は、ジェレミアのように地位も名誉も失って死んだりはしない。私は手に入れる…地位も名誉も。だからこそ、私一人で掴んでみせる……ゼロに繋がる手がかりを」
◇
――シャーリーが港に着く数時間前……
修羅の道を再び歩き始めたルルーシュの背を、クラブハウス二階の廊下の窓から見送っていたミレイは、そのルルーシュの後をつけている見知った少女の姿を発見した。栗色の長い髪を揺らしながら、ルルーシュの背面の死角の木にその身を隠しながら、一定の間隔でルルーシュの後を追いかけている。普段であれば気にならない彼女の行動も、今回ばかりは異質なものをミレイは感じた。ただ後を追いかけているだけではなく、明らかな尾行…ルルーシュに存在を知られないように追いかけて行くその姿には、まさにといった様子である。
――シャーリー……
自身の中ですぅっと冷たくなる感情を抑える事無く、ミレイの双眸は冷徹に彼女の背中を追いかけた。
――ルルーシュに……ゼロに気づいた?
ミレイが瞬時に思い描いた可能性は二つ。ルルーシュがゼロと気づいた、もしくはゼロ・黒の騎士団に関連していると感づいた、この二つである。今の段階ではまだ尚早な気もしているミレイは、シャーリーの姿を追うのをやめナナリーのいるリビングルームへと向かった。扉を開けると室内には今回の黒の騎士団の作戦に同行するための準備をしているナナリーが、着替えと同時に周辺の地形を頭に詰めている姿が見える。
「ミレイさん?どうかしましたか?」
地形が映されている資料から、ミレイのほうへナナリーは視線を移した。ナナリーが感じ取ったのは、ミレイの纏う雰囲気が少しだけ鋭利な事。いつもの様な笑顔の下に、何かしら抱えていると思ったナナリーはミレイの言葉を待つ。その沈黙でナナリーが何を察したのか理解したミレイは、ため息混じりに口を開いた。
「シャーリーがね……、ルルーシュを尾行しているみたい」
その言葉に少しだけ驚いたナナリーは、疑問の言葉を表情に変え首を傾ける。それに答えるように首を振ったミレイは、うっすらと目を開いた。
「どういう意図かはわからないわ。だから、あたしはシャーリーの後を追いかける」
ミレイの言葉に、ナナリーは笑顔で答えた。ミレイはそんなナナリーに一度だけ頷くと、左目に赤い不死鳥の模様を浮かび上がらせて、赤い粒子と共にクラブハウスからその身を消した。その余韻を見送ったナナリーは、時計に目を配らせると部屋の奥にいるであろうC.C.の方へ顔を向ける。
「C.C.さん、時間なので私は行きますね」
「あー、気をつけてな」
「はい」
C.C.のそっけない返事を聞いたナナリーは、小旅行用の小さいキャリーケースを転がしながら部屋を後にした。
◇
アッシュフォード学園の校門まで移動したナナリーは、ルルーシュが向かうであろう港までのルートを周囲に気をつけながら急ぎ足で追いかけ始めた。どんな理由であろうと、ルルーシュが皇族であり生きている……という事がバレてしまう事だけは避けなればならない最優先事項であり、それが生徒会メンバーであろうと誰であろうと障害になるのであれば消すしかないと思うミレイは、最悪の事態を想定する。
――あたしに……できる?ルルーシュを愛するあたしが、ルルーシュを想うシャーリーを……
シャーリーと過ごした時間を思い出しながら、シャーリーは自分自身へとただひたすらに問いかける。最悪の事態、それはシャーリーを消さなければならない事態になる事。純粋で真面目で一途で元気で、その笑顔で周りをも明るくさせる少女。そんなシャーリーにルルーシュだけでなく、ミレイも幾度も救われている。何度も冷静に、ルルーシュを守るためならばと考えていてもそれが生徒会メンバーとなれば、少しだけ躊躇が生まれる事にミレイは驚いた。
――ん?あれは……
思考を巡らせていたミレイは、ぎこちない動きで物陰に隠れて移動する少女の後姿を見つける。最悪の事態についてはとりあえず考えることをやめ、今はシャーリーを尾行することに専念することに決めたミレイは、そのシャーリーから少し離れた所にいる銀髪の人物に意識が動く。銀髪の長い髪を揺らし外装をひらめかせながら、無駄の無い動きかつ自然な動きで人波に溶け込む。その見事な動きに、逆に違和感を感じシャーリーと銀髪の女性を観察する。その動きが明らかにシャーリーをつけているという答えに辿り着くのに、さほど時間は掛からなかった。
――軍人…、なるほど……それでシャーリーが
なんとなく今回のシャーリーの行動について、予想がついたミレイはシャーリーから対象を銀髪の女性へと変えて彼女達の後ろを歩く。ミレイ達が黒の騎士団が作戦を展開する予定の港湾施設へ辿り着いたのは、すっかり日が暮れてからであった。
ミレイは素早い動作で携帯のボタンを操作する。
『シャーリーとそれをつける銀髪の軍人二名港に到着』
簡潔に文字を入力し送信ボタンを押す。暫くするとメールではなく着信の文字が形態のディスプレイに表示された。通話ボタンを押すと聞こえてきたのは少年の声――
「どういうことだ!?なぜシャーリーが」
少しだけ怒りが混じった少年の声に、ミレイは冷静に説明を始めた。ミレイの説明に納得したのは、先ほどとは違い、冷静で抑揚を抑えた声でミレイに指示を出す。
「戦闘になればきっと避難するだろう……ミレイ、その銀髪の軍人を捕らえて情報を聞き出せ」
「わかったわ。で、ルルーシュ……ゼロはこの後どうするの?」
「これから海中水泳だ」
昼間に作戦を聞かせれていたミレイは、電話越しに少しだけ笑ったルルーシュと同じように笑い通話を終了した。
――これで日本解放戦線も最期…か。
少しだけ憂いを帯びた表情のミレイは、夜空を見上げるとゆっくり目を閉じた。
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