「今日も晴れじゃない…か」
アッシュフォード学園敷地内にある女子寮の自室、ミレイはどんよりと重たい天気を窓から伺い一言漏らした。空は曇模様の為、ミレイはすっかり天気のように心が重い。その理由は天気だけのせいではないのだが……。
「ミレイ来たか」
「どうしたの?おじいちゃん」
週明けに祖父に呼び出されたミレイは、いつもより早く学校へ登校し理事長室へとやってきた。祖父ルーベンの前にある重厚な机の前についたミレイに、一枚の紙を差し出す。
「ん?……忌引と…どけ?」
その書類を手に取り記載されている文字に目を向けると、そこにはシャーリーの名前が記されていることにミレイは気付く。
「彼女の父親が亡くなったそうだ。この間のナリタ山の戦闘に巻き込まれたらしい」
「え!?」
ルーベンの言葉に驚いたミレイは、思わず眼を見開いた。ナリタ山の戦闘ではミレイも途中からではあるが参加しており、少しだけ複雑な感情に抱かれたミレイは一息つくと手に持った忌引届けの書類をルーベンへと返す。
「明日、葬儀を行うそうだ。お前にはアッシュフォード学園代表として、参列してきて欲しい」
「…わかったわ」
そして今日は学校ではなく、シャーリーの父親の葬儀の為東京租界のとある教会へ向かう事になっていた。
「ルルーシュ」
想いを寄せる彼の名前を呼び、再び空を見たミレイは明らかに様子がおかしい彼の事を考える。昨日は学校へ登校はせず自室にもいない。メールしても返事は無く、少しだけでも寄り添って彼に縋りたかった彼女は、机の上に置いた無反応の携帯電話へと目を落とした。
携帯を気にしつつも身支度を整え終わったミレイは、友人代表として参加する生徒会メンバーと決めた待ち合わせ場所を確認する。
「さて、そろそろ出発しないと」
誰に言うでもなく、ミレイは最低限必要な携帯と財布を持って自室を後にした。
「あ、ミレイちゃん」
「ごめん、おまたせ」
教会へついたミレイは、すでに集まっていたメンバーの所へ駆け寄った。時間にしては葬儀の時間まで割と余裕があったが、参列者はすでにあらかた集まっているようでミレイ達も参列者の固まりのほうへ移動する。何にも連絡をよこさなかったルルーシュの様子を、ミレイはさりげなく目で伺った。前髪で表情が隠れるほど下を向いており、いつもとは違い覇気がまったくといっていいほど失われている。ルルーシュは一切ミレイ…ほかのメンバーにも目を合わせる事無くただただひたすらに下を向いていた。
――ルルーシュ…やっぱりナリタの事を…
ミレイはルルーシュを抱きしめたい衝動をこらえ、教会の方へ視線を戻した。娘であるシャーリーの案内で参列者が霊園の中へと案内をされていく。霊園の入り口では嗚咽をこらえ涙を流し続ける女性が立っており、目元や顔立ちがシャーリーと重なった。
「あ、会長」
聞きなれた声に呼ばれたミレイは、黒い喪服に身を包んだシャーリーが母とは対照的に、気丈な表情でミレイ達のほうへとやってきた。
「シャーリー……、ご逝去の報に接し、アッシュフォード学園の代表と生徒代表として、謹んで哀悼の意を表し、心からご冥福をお祈りいたします」
そっとシャーリーの手を握ったミレイに対し、力なく握り返したシャーリーは、ゆっくりと後ろを向く。
「ではこちらです」
気丈な表情であっても、その声は少しだけ震えていた。それでもしっかりとした足取りでミレイ達の案内を務める。やがて神父が現れると厳かに葬儀が始まった。ミレイ達は少しだけ離れた所に達その様子をじっと見守る。
――ごめんなさいシャーリー。あなたの憎しみも怒りも…いつか私に向けて……
下唇をきつくかみ締めたミレイは、誰にも見えないように両手を力いっぱい握り締めた。ここにいる生徒会メンバーが六者六様の考えを浮かべながら、やがて葬儀は終了を迎えた。
参列者の悲しみから来る重い足取りも、ゆっくりと移動をはじめ少しずつだがお墓を囲むその人数を減らして行く。愛する夫を失った悲しみと夫の死因である土砂による生き埋め。それがあり棺を埋葬する際に土をかぶせられていく棺に、死んでもなお土に埋めるのを泣きながら拒んでいたシャーリーの母親であったが、今は参列者に感謝を込めてお辞儀をしていた。それでも流れる涙は止まらない。
――きっと、あたしもルルーシュを失ったら……
ミレイは可能性がゼロではないその未来を想像し、左二の腕を握る右手の力が強くなる。やがて痛みを伴った二の腕により、乱した心を少しだけ平常に戻したミレイは一息ゆっくりと吐き出した。
半分以上の参列者が帰った所で喪服用のドレスに身を包んだシャーリーが、ミレイ達のほうへゆっくりと歩いてやってくる。その表情は今にも泣き出しそうな、それでもぐっとこらえたその顔で、全員の顔を見渡した。
「その…、シャーリー……ごめんなさい」
ぐっと悲しみを飲み込みミレイ達に口を開きかけた時、カレンの声がシャーリーの言葉を飲み込ませた。そのカレンの言葉に疑問を投げたシャーリーだったが、カレンは口を噤む。作戦とはいえ、土砂はカレンが操縦する紅蓮弐式により人為的に起こした現象、それにより身近なクラスメイトの身内を巻き込んでしまったことによる罪悪感が、カレンにそうさせたのだろう。カレンが返答に困っていると、次に口を開いたのはリヴァルであった。少なからず正義の味方という響きから、興味本位で指示するような事をしその行動を軽んじていたと恥じながらシャーリーに申し訳なさそうに謝る。
「そんなこと無いよ。そんなの全然関係ないって……。私だって成田の事には――」
気丈を装うシャーリーのその言葉を、ミレイは両肩に手を置き遮った。
「シャーリー……ちゃんと泣いた?今、変に耐えると後でもっと辛くなるよ」
本来、言うべき資格の無い事を承知のミレイであったが、シャーリーの顔を見て思わず言わずにはいられず声をかける。
「もう……いいの」
シャーリーは、ミレイと視線を合わせずにうつむき加減でそう答え、一瞬ルルーシュの方へ視線を這わせた。
「もう、十分泣いたから」
ミレイは、シャーリーの先ほどの視線の先にルルーシュが居たことで、何があったのか大体察する。女の勘を最大限に発揮したミレイは、悲しみで救いを求めたシャーリーにルルーシュが手を差し伸べたのだろうと。ほんの少し同情の心に殺意の色を含めたミレイだったが、「卑怯だ」という怒りを滲ませたスザクの言葉にその色は削がされた。
下を向きながら黒の騎士団を、ゼロを批判する。亡くなった者とお別れするこの場に似つかわしくない彼の怒声は、誰に言うでもなくただただ吐き出し彼は拳を震わせた。
「間違って得た結果なんて意味は無いのに」
答えの出ないその彼の言葉に、反論しようとしたミレイであったが場所を考え、今口から飛び出しそうだった言葉を慌てて喉の奥へと押し込む。スザクのほうへ移した視線をシャーリーに戻したミレイは、いつもの穏やかな口調を浮かべた。
「それじゃ、私たちはそろそろおいとまするね。シャーリーの事……待ってるからね。いつもの生徒会室で」
ミレイが振り向くとそれにつられて他のメンバーもゆっくりと振り向く。ただ一人ルルーシュを除いて。微動だにしないルルーシュに声をかけるリヴァルだったが、なんとなく事情を察したミレイはリヴァルを羽交い絞めにして歩き出す。
「ばか」
ルルーシュとのすれ違いざまに呟いたミレイの言葉に、僅かに体を反応させたルルーシュを見てミレイは一つため息をつくと、二人を残してその場を後にした。
「どうしたんだナナリー」
クラブハウス内のリビングルームの窓際に立つナナリーに向けて、部屋に入ってきたばかりのC.C.が問いかける。ナナリーは朝からずっと、ただひたすら窓からこの曇り空を眺めていた。
「いえ……」
「後悔か?」
C.C.はナナリーをまっすぐに見つめる。窓ガラスにうっすら見えるC.C.に目を向けながら、ナナリーはゆっくり首を振った。両手を強く握りゆっくりと振り返ったナナリーの目には、微塵も同様の色を交えてはいない事を確認したC.C.は、ふっと優しい笑みを浮かべた。
「後悔は…やっぱりちょっとはあります、家族を失う悲しみ…少しはわかりますから」
その後に「ですが」という言葉をつけ足し、C.C.の方へ振り返る。
「人は常に何かの犠牲の上に立っている…そう思いませんか?」
「ん……」
ナナリーの真意を測り兼ねたように、C.C.はナナリーの言葉を待った。
「動物達や植物達、この大地も……。そういった身近な犠牲に目を背け、目に見えてる事だけに意見を述べ綺麗事を並べる。それはただの理想論です」
ゆっくりとナナリーは語りながら、C.C.の方へと近寄る。視線はC.C.と絡めながらゆっくりと。
「ですが、何かの代償に犠牲は付き物……そんな風に割り切れない、それが人なんだと思います」
先ほどの窓際に立っていた時と違い、ゆっくりと確実にその口から溢れる言葉は力強さを増していく。
「これから多くの犠牲の上を、私はお兄様の為に進みます。その時に生まれる悲しみも後悔も向けられる憎しみも……、、私はすべて受け止めます」
C.C.の前で立ち止まったナナリーは、いつもの様に優しく微笑んだ。
「積み重なる悲しみや後悔よりも、お兄様を失ってしまう事の方が……私には何よりも大きいのです。だから……」
その言葉の後に繋げられたナナリーの答えに覚悟に満足したのか、C.C.は笑みをこぼす。
「ミレイさんは大丈夫です」
ナナリーの言葉にドキっとしたC.C.は思わず目を見開いた。ナナリーの覚悟に満足していたC.C.はもう一人の少女の事を考えていた。きっとナナリーと同じように迷いを浮かべているのだろうと。しかし、その考えはナナリーの言葉で吹き飛ばされる。
「きっと、ミレイさんも私と同じ考えですよ。一番大切なものを守るために、自分に押し寄せる悲しみも浴びせられる憎しみも……、すべて受け止める覚悟を」
「そうか……あとは」
――ルルーシュ…か
ここにはいない共犯者の事を思い浮かべ、C.C.はため息をこぼした。
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