無機質な室内。必要最低限な物以外ない、ただ寝るだけに使われる部屋。ベットも固く慣れるまでは非常に寝苦しい。今でこそ苦も無く安眠ができるようになったが、最初の内はろくに寝付けず翌日の体調は最悪な事もしばしばあった。
「ふう……」
目覚ましにセットした気象の時間より、十五分ほど早く目が開いた私は備え付けの洗面台の所まで行くと、蛇口を捻り両掌に集め掬った水で顔を洗う。朝の冷たさと相まって、寝起きの熱気を帯びた顔を冷ますと同時に引き締められる。タオルで顔を拭き鏡を覗く。青いロングヘアの状態を、双眸のライムグリーンの瞳で確認する。
寝癖がない事を確認すると、手の甲で髪を撫でて再びベットの方へと戻る。
「おーい、リーフェットォ」
無機質な灰色のドア越しに、名前を呼ばれ一言だけ返す。その返答を確認して一呼吸後にそのドアが横にスライドし、ドアの向こうに居た人物が部屋の中へと進入する。再びドアのスライド音が室内に響き外と室内を隔絶する。七分前と入ってきた人物には目もくれず、簡素な寝巻きを脱ぎベットの上へと放り投げる。
「綺麗な体だったのに」
背後から残念そうな声色が聞こえてきたが、とりあえず無視する事にしている。今では下着姿のこの状態を見られても何も感じないが、ここに来て一週間くらいの時はその都度騒いでいた事を思い返すと少しだけ恥ずかしい。ぴったりと肌に吸いつく灰色のタイツスーツ、その上に肩や肘など弱点となりうる部位に黒のアーマーを装着する。壁に付けられているホックに下げていたヘルメットを手に取り、ようやく入ってきた人物に声をかける。
「お待たせキャル」
しばらくスルーされていたその女性は、気にしていない用で私のかけた言葉に微笑を返してきた。
キャロル・バーパント――みんなからキャルと相性で呼ばれている彼女は、私とは対照的な赤い色のショートヘアに目じりが少し釣り上がった鋭い目。その装いは女王様のようなSっ気を感じさせるが、意外と細かいところまで気の聞く尽くすタイプの女性を感じさせる面があり、そのギャップによって好意を抱いている男性は多いらしい。
「いいよ、それより早く食堂で朝食を取ろう。訓練が始まる前に」
「ええ。そう言えば今度私たちのような新人を、前線に派遣するらしいよ」
「ふーん」
「なんでかな?」
肩をすくめて、わからないわ、と顔で伝えてきたキャルは扉の方へと歩き出す。私は目覚ましのスイッチを止めキャルの後を追いかけた。
誰も居なくなった室内を隔離するように、ゆっくりとドアがスライドして行く。
扉の横のプレートにはリーフェットの名前と所属が表記されていた。
ブリタニア軍第四種訓練生
リーフェット・ネーシャ
これが私の名前。第四種訓練生――それはKMFの操縦に特化した軍人見習いを指す。もちろん基礎訓練、銃火器の取り扱いに軍人格闘術《マーシャルアーツ》も行われるが、重点されるのはKMFの操縦訓練である。士官学校や軍への入隊テストを受けた際、他の能力よりKMFとの愛称に秀でた者が第四種訓練生として扱われる。
入隊して三ヵ月程が過ぎ、強く眩しかった日差しは和らぎ徐々に肌寒さを感じさせる。
隣を歩くキャロルとは入隊当初から一緒に過ごすことが多く、今では大事な仲間でありライバルであり友達でもある。表情がころころと変わる彼女とは対照的な私。戦場に近いところに居る私にとって、その彼女の存在は少しばかり潤いをくれる。
前線に投入されたのは入隊してから三ヵ月後の事であった。
PR