少し申し分けなさそうな表情をしたナナリーに、ルルーシュは笑顔を向ける。目が見えなくても精一杯の笑顔を向けてルルーシュは優しい声色でナナリーに答えた。
「まあ、それは本当ですか?とても嬉しいです」
心からの喜びを表情に表すナナリーの笑顔に、ルルーシュはいつも癒される。ルルーシュだけではなくミレイ達もナナリーに対しては自分の妹の様に大切に思っていた。お互いの想いが通じ合っているのか、生徒会メンバーとナナリーの関係は非常に良好である。もちろん兄のルルーシュの影響もあるだろうが、それ以上にナナリーの優しい人柄によるものが大きい。
「今日はナナリーが久しぶりに顔を出すから、会長が何か面白いゲームをするとか言ってたけど」
「まぁ~ミレイさんが?」
「ああ」
「それは楽しみです」
胸の前で両手を合わせたナナリーは、ミレイの考えているゲームを思いを馳せますます笑顔になった。その反対にルルーシュは少しだけとまどうような表情を浮かべた。
――会長…変なゲームじゃなければいいけど……
ルルーシュの想像は残念ながら的中していた。なぜなら今生徒会ルームで行われているのは、王様ゲームなのだから……。
今まさにスザクがミレイの唇にキスしている事など露知らず、笑顔で話すナナリーに言葉を返しながら二人は生徒会ルームへ向かった。途中前方からメイド服を着た女性が両手に買い物袋を下げてやってくる。ルルーシュとナナリー、主にナナリーのお世話係としてアッシュフォードが用意した冥土の篠崎咲世子であった。
「あら咲世子さん?おかえりなさい」
聴力が発達しているナナリーは、足跡で大概の人物を言い当ててしまう。もちろん毎日世話をしてもらっている咲世子ならなおさらである。
「ただいまもどりました。ナナリー様、ルルーシュ様」
「お帰りなさい咲世子さん」
にこりと笑う咲世子の笑顔につられて、ルルーシュもつい笑顔になってしまう。アッシュフォード学園に来てからすでに5年、あまり他人に心を許さないルルーシュにとって、自らも気づかない内に安心できる相手になっていた。それはこれまでナナリーの世話をしてもらっている事、そしてナナリーが頼っている事でこの咲世子と言う人間が安全だという事を本能的にルルーシュは理解しているからだろう。
「あ、そうだ。咲世子さん、この間のあれ生徒会のみなさんで食べようかと思うのですが」
「ああ、この間のプリンのセットになっていたものですね。ただいまお持ちします」
「あ、いえ。私も持ちいきます。お兄様、少し待っててください」
「ああ、わかったよ」
そういて車椅子のハンドルを咲世子に渡し、ルルーシュは二人の後姿を見送った。手持ち無沙汰になったルルーシュは窓際に寄りかかり、今後の事について思案していた。
巷で騒がれている黒の騎士団。それを纏め上げ引きいい手いるのが仮面の人物ゼロ。そしてそのゼロこそがこのルルーシュ・ランペルージなのである。今後の作戦を頭で描きながら、ナナリーを待っているとリヴァルとカレント言う珍しい組み合わせが並んで歩いていた。手には結構な寮のプリントを抱えている。
「それにしても、スザク君…まさか唇に」
廊下はよく声が響くため、まだ遠めに見える二人の声もルルーシュの耳に届いていた。
――ん?スザクが……唇?
作戦を思い描いていたルルーシュの思考を、その言葉により停止させられたルルーシュは、二人の声に耳を傾けた。
「ほんとだよ。ゲームでのキスで唇にする?……しかも会ちょってあれ?ルッルーシュゥ~何してんだこんなところで?」
「ん?ああ、ナナリーがみんなと一緒に食べるデザートを取りに行っててね」
ルルーシュは当たり障り内笑顔を浮かべたが、内心はリヴァルの言いかけた会長という単語に脳内は支配されていた。
「それより、二人が話してたスザクが~とか会長がって何かあったのか?」
ルルーシュのその言葉を聞いていろいろ思い出したのか、リヴァルがくやしそうな表情を浮かべて肩をガクッと落とす。
「さっきまで二人が来る前に、先にゲーム始めてたんだよ。会長が王様ゲームやろうって事になって」
「王様…ゲーム」
――ええぃ、やはりろくな事を考えないな
表には出さないが、嫌な予感が的中したルルーシュは心の中で怪訝な表情を露わにしていた。しかし、今はそれよりもその続きが気になっているため、ルルーシュはリヴァルに問いかける。
「それで?」
「それでシャーリーが王様になったんだけど、命令の内容がキスするって事になってさ」
「な……」
一瞬表情が固まったルルーシュに気づかないリヴァルは、そのまま次の言葉を続けた。
「で、会長とスザクがキスする事になったんだけど……」
思い返しただけで悔しいのか、リヴァルは少しだけ目の端が潤む。
「スザクが会長の唇にキスしたんだぜ!!も~ありえないでしょ。空気読まないやつとは思っていたけど、まさかあそこまでとは」
「そ、そうか」
「そうなんだよ…って悪い、この書類をとりあえず倉庫に片付けてくるから先にナナリーと生徒会ルームに行っててよ。カレン行こうぜ」
「え、ええ」
そういって固まっているルルーシュを置いて、二人はクラブハウスの倉庫へと向かった。二人が去っていったのと入れ違いでナナリーと咲世子が姿を現した。二人もリヴァル達にすれ違ったのか、小さかったが何言かやりとりが響いていた。
「お兄様、お待ちどう様でした」
「それでは私はお夕食の準備をしてましりますので」
「はい」
そういって笑顔で咲世子を送り出したナナリーは、先ほど別れたときとは違い少しだけ鋭利な雰囲気を漂わせていた兄ルルーシュの様子を探る。
「お兄様?」
「え?あ、ああ」
ナナリーの存在が今気づいたのか、声をかけられたルルーシュは体をビクっと反応させゆっくりとナナリーの方へ振り返った。変わらず笑顔を向けているルルーシュだが、ナナリーにその笑顔は意味が無い。なぜなら目が見えないのだから。それでも笑顔を浮かべているルルーシュは、努めて優しい口調でナナリーに話しかけると車椅子のハンドルを掴み、生徒会ルームへ押して行く。
「何かあったのですか?」
たまらず気にかけるナナリーであったが――
「なんでもないよ。はやくしないとそのプリンがぬるくなってしまうね」
「ええ、そうですね」
生徒会ルームへやってきたナナリーとルルーシュだったが、ルルーシュは一歩だけ室内へ入るとそこで立ち止まった。
「お、ナナリーきたね♪ルルーシュも来たし早速続きやろう♪」
嬉しそうに話すミレイにつられ、ナナリーやシャーリーも声色を上げる。みんながそれぞれ椅子に座って準備をする中でルルーシュの表情は曇っていた。その理由は誰も知らない。ただ、その原因を作っているのが目の前にいる事だけは確かである。
「会長、俺はちょっと休養を思い出したのでナナリーをお願いします」
一同が「えっ」と疑問の声を上げて聞き返すが、特に返答もせずルルーシュは足早にこの部屋から出て行った。嫌な予感を感じたのか、ミレイが不安そうな表情を浮かべてルルーシュを追いかけた。いつもどおり整えられた姿勢で歩くルルーシュの後姿はまだそんなに遠くは無いため、ミレイはあっという間に追いつきルルーシュの手を掴む。
「触るな!!」
先ほどまでの声と違い怒りの篭った声をあげられ、掴んだ手を強引に振り払われた。その言葉と行為にミレイは瞬間的にある事を悟った。
拒絶
ミレイは今のルルーシュの行為で、自らがルルーシュに拒絶された事を瞬時に感じ取った。それは今までずっと思い続けてきた人なればこそ。ミレイより背の高いルルーシュの瞳は、完全に研ぎ澄まされたナイフの様に上から突き刺さる。完全に体が硬直してしまったミレイを見て、ルルーシュは声をかける事も無くただその場を後にした。
「はぁ?」
辺りはすっかり暗くなり、自室に戻ってきていたルルーシュはある計画について話していた。独り言では無く一緒の部屋に住んでいる明るい緑色をした長髪の少女に向けてである。ルルーシュはシーツーと契約し、ギアスと言う他人を一度だけ思い通りに操る事ができる絶対遵守の力を手に入れた。このときから二人は共犯者であり、なぜか一緒に暮らしている。
「お前はバカか?」
「うるさい!!」
呆れた声のシーツーにルルーシュは怒声で返す。顔を歪めているルルーシュとは対照的にシーツーの顔は非常に冷ややかなものであった。
「それで…スザクとミレイ…だったか?二人がキスした事に嫉妬して、こんな事を考えていたのか…本当にルルーシュか?」
「ぐっ…いいから俺の言う通りにしろ!!」
「やれやれ、こんな嫉妬に狂った男がゼロだと知ったら、黒の騎士団は解散だな」
あきらかにからかいを浮かべるシーツーに、ルルーシュの顔は怒りを増していく。
「シーツー……うまく言ったら今日から一週間…好きなだけピザを食べていいぞ」
「よしわかった。それなら私は何をしたらいいんだ?」
「明日……」
「わかった。そんな事でピザを食べられるなら安い物だ。なんならサービスもしてやろうか」
「遠慮しておく。とりあえず明日頼んだからな!!」
翌日、ルルーシュの作戦通りアッシュフォード学園高等部の制服を着たシーツーは、校舎内のとある階段付近で待機していた。ここはミレイがよく通る廊下であり、毎休み時間にこうしてシーツーは待機していた。もちろんシーツーの合図ですぐに飛び出せるように、ルルーシュも物影に隠れている。
「ルルーシュ、来たぞ……ただシャーリーという小娘も一緒だが」
一瞬迷ったルルーシュだが、残りのチャンスは少ないと判断したルルーシュは決行を決意した。
「ほら、シーツー頼む」
物影からでたルルーシュは、あえて二人に見えるようにゆっくりと歩いてシーツーに近づく。
「まったく、こういうのはこれっきりだからな」
「ああ、すまない。だが…この作戦にお前が必要だ」
「ふふふ、まぁその素直さといいピザの件もある。サービスしてやるぞ」
意地悪な笑みを浮かべたシーツーは、両手でルルーシュの顔を掴むとそのまま自分の方へと引き寄せる。一瞬硬直してしまったルルーシュは、シーツのなすがままにされ二人の唇が重なった。予期せぬ事態に目を見開くも、イレギュラーに弱いルルーシュは体を動かすことができない。その姿に満足したシーツーは、さらに自分の舌を強引にルルーシュの口内へと侵入させ、ただ貪る。
しばらく貪った後固まったままのルルーシュから唇を離し、自分とルルーシュを繋ぐ透明な糸を指でぬぐい取った。
「ごちそうさま。童貞ぼーやの癖に、なかなか美味しかったぞ」
そういってにやりと笑ったシーツーはルルーシュの手を引っ張り、ミレイとシャーリーの視界から消えて行った。
「え~会長、また書類溜めてたんですか?」
半分呆れ顔になったシャーリーは隣を歩くミレイにため息混じりの言葉を投げかけた。悪びれも無く笑い飛ばすミレイは、いろんな意味で手に負えない。
「大丈夫♪みんなでやればすぐ終わるって」
「も~またガッツの魔法とかやめてくださ……ねえ会長?」
シャーリーは正面にいる一組の男女が目に入り、思わずとなりにいるミレイに声をかけた。正面にいるのは遠目から見てもルルーシュで、その相手は明るい緑色の長髪少女でシャーリーから見ても綺麗と思う。
「あれって…ルルですよね?」
「え、ええ」
シャーリーの声に反応するも、ミレイは気が気ではなかった。なぜなら自分の知らない女子と親しげに話すルルーシュを見た事がなかったからだ。ルルーシュは生い立ち上、簡単に人を信じられず心を開かない。唯一心を開く相手としての場所に、自分がいる事を知っているミレイは少女に向けられうその表情が、自分に向けられう以上の表情に見えてしまっていた。そしてあの雰囲気は良くないことが起こるという予感を感じさせる。
「あ1?」
シャーリーの声は思わず声をあげた。少女がルルーシュの頬を捉えそのまま――
――嘘!?キス…してる。なんで?なんでそんな子と?だ、誰なの?知らないよそんな子
ミレイが自問自答を繰り返していると、ルルーシュ達はさらに濃厚なキスを繰り広げていた。完全に硬直してしまった二人は、ルルーシュ達を食い入るように見つめやがて二人が走り出し姿が消えるまで、ただその場に立ち尽くしていた。
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